水彩画家

タケ・サトーとして英国画壇で名を馳せた佐藤武造

2022/2/9  

佐藤武造「アイラ・サンダム」 長野県下高井郡瑞穂村(現在の飯山市)に生まれた佐藤武造(1891-1972)は、中学時代に丸山晩霞らが講師をしていた水彩画夏期講習会に参加して認められ、中学卒業後に画家を ...

日本水彩画会の創立に発起人として加わった小山周次

2022/1/18  

小山周次「白樺林」長野県立美術館蔵 日本水彩画会は、明治44年に没した大下藤次郎の「太平洋画会から独立した水彩画だけの展覧会を開催したい」という遺志を実現するかたちで、大正2年に創立された。同年開催さ ...

日本近代美術の発展に関与し続けた石井柏亭

2022/1/14  

石井柏亭「滞船」 石井柏亭(1882-1958)は、明治期に日本初の洋画団体・明治美術会やその後継団体である太平洋画会に出品し、大正期には日本水彩画会や二科会の創立に参加、昭和期には一水会を組織するな ...

明治の洋画壇に水彩画を定着させた丸山晩霞

2021/11/3  

丸山晩霞「八ヶ岳」長野県立美術館蔵 丸山晩霞(1867-1942)は、小県郡禰津村(現在の東御市)に生まれた。はじめ渋温泉の児玉果亭に師事して南画を学び、17歳で洋画家を志して上京、神田錦町にあった勧 ...

水彩画家として初めて日本芸術院会員となった小堀進

2021/7/6  

小堀進「虹」茨城県近代美術館蔵 日本の水彩画は、幕末の安政年間にイギリスから来日したチャールズ・ワーグマンが、高橋由一や五姓田義松らに水彩技法を伝えたことに始まるが、当時の水彩画は、あくまでも油彩画の ...

高山植物研究家としても活躍した水彩画家・五百城文哉

2021/7/6  

五百城文哉「百花百草図」栃木県立美術館蔵 五百城文哉(1863-1906)は、水戸藩士の家に生まれ、幼少期を水戸で過ごしたのちに上京、明治17年に農商務省山林局で標本を描く仕事に就いた。また、同時に高 ...

昭和期の水彩運動の担い手として活躍した春日部たすくと渡部菊二

2021/7/6  

渡部菊二「勤労の娘たち」福島県立美術館蔵 会津若松市に生まれた春日部たすく(1903-1985)は、会津中学に入学して図画教師・半沢松吉に水彩画を学んだ。当時の会津中学は「後素会」という美術クラブがあ ...

会津での水彩画ブームを牽引した赤城泰舒と相田直彦

2021/7/6  

赤城泰舒「白い砂」 赤城泰舒(1889-1955)は、静岡の医師の家に生まれたが、祖先は会津藩の侍医の家柄で、実家は塩川町(現在の喜多方市)にあった。赤城は、幼いころから病気がちで、静岡の中学を病気の ...

英国に帰化した水彩画家・松山忠三

2021/7/6  

松山忠三「豊作」 青森県の洋画家で最も早く海外に渡ったのは、水彩画家の松山忠三(1880-1954)とされる。松山は、北津軽郡板柳町の大地主の家に生まれた。生家は、津軽随一の大長者といわれた井筒屋の別 ...

宮崎の水彩画発展に貢献した古川重明と版画の黒木貞雄

2021/7/6  

古川重明「人物(読書)」 宮崎の水彩画発展に貢献した画家として宮崎市の古川重明と、えびの市の吉田敏がいる。二人とも小中学校の美術教師をしながら水彩画を描き、主に日本水彩画会展に作品を発表した。古川は、 ...




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