画人伝・京都 円山四条派 人物画 肖像画・自画像

円山応挙の肖像画の作者として知られる山跡鶴嶺

山跡鶴嶺「円山応挙像」

山跡鶴嶺「円山応挙像」

山跡鶴嶺(不明-不明)は、円山応挙の高弟で、応挙門下十哲にも数えられている。応挙に連れられて妙法院真仁親王に謁見し、席画もしたと伝わっており、応挙門下が参加した大乗寺の障壁画制作では、長押の上にある横長の絵を担当した。現存する作品はそれほど多くないが、京都嵯峨の臨済宗寺院に作品が伝わっており、同宗派や地域的なつながりが指摘されている。

掲載の「円山応挙像」は、応挙の肖像画として著名なもので、応挙が弟子たちに自分の肖像画を描かせ、最も似ていた本作を子孫に伝えたとされる。大乗寺には、円山派7代目にあたる国井応祥が本図を模写した軸「応挙像」が伝わっている。

山跡鶴嶺(不明-不明)やまあと・かくれい
大坂の人と伝えられている。名は義淵、字は君魚、通称は貫治、または貫二。円山応挙に師事した。応挙の肖像画の作者として有名で、応挙門下十哲にも数えられている。

京都(111)-画人伝・INDEX

文献:円山応挙から近代京都画壇、大乗寺




-画人伝・京都, 円山四条派, 人物画, 肖像画・自画像