画人伝・京都 円山四条派 人物画 美人画・女性像

応挙門下で優雅な和美人を描いて人気を得た山口素絢

山口素絢 左:「美人に犬図」、右:「女官図(緋大腰袴着用)」

山口素絢 左:「美人に犬図」、右:「女官図(緋大腰袴着用)」

山口素絢(1759-1818)は、京都の呉服商に生まれ、円山応挙に師事した。応挙門下十哲のひとりに数えられ、寛政7年の大乗寺の障壁画制作に参加するなど、応挙門下の仕事に力を発揮したが、ひとりの画家としては、日本の女性を描いた美人画で人気を博した。

素絢の美人画は、応挙の立体感ある人物描法をもとに、明快な色遣いによる独特の面貌表現により描かれ、さらに、人物の動き、姿態、情景の設定などをさまざまに広げ、女性像の美しさとおもしろさを生み出している。

山口素絢(1759-1818)やまぐち・そけん
宝暦9年京都生まれ。呉服商・布屋佐藤左衛門の二男。本姓は橘、名は素絢、字は伯陵、のち伯後、通称は武次郎。山斎と号した。円山応挙門下十哲のひとり。応挙作品をもとに編集した『円翁画譜』のほか、『倭人物画譜』『素絢画譜』など多くの画譜類を手掛けた。大乗寺の2階部分の長押上にある横長の絵を担当、ほかに寺社の奉納絵馬に名を残している。祇園袋町に居を構え、優美な和美人を描いて人気を得た。文政元年、60歳で死去した。

京都(101)-画人伝・INDEX

文献:円山応挙から近代京都画壇、京都画壇の一九世紀(2)、日本美術全集14、江戸の花鳥画譜、上方の浮世絵、プライスコレクション若冲と江戸絵画、円山応挙




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