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UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

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将来を嘱望されながら放浪の末38歳で没した西郷孤月

2021/12/11  

旧松本藩士の家に生まれた西郷孤月(1873-1912)は、幼いころに家族で東京に移住し、神田神保町で育った。小学生時代からドイツ語を学び、卒業後は東京英語学校で英語を、知神学校で美術を学んだ。15歳の ...

新しい時代にふさわしい日本画を模索した菱田春草

2024/12/14  

下伊那郡飯田町(現在の飯田市)に生まれた菱田春草(1874-1911)は、飯田学校(現在の飯田市立追手町小学校)高等科を卒業後、15歳で画家を志して上京、狩野派の結城正明に1年間日本画の基礎を学び、翌 ...

歌麿以来の妖艶な美人画だと人気を博した富岡永洗

2024/12/11  

富岡永洗(1864-1905)は、埴科郡松代町(現在の長野市松代)に、松代藩士・富岡判六の長男として生まれた。酒井雪谷に学び奇雪と号していた父に、幼いころから絵の手ほどきを受け、漢学は同藩の坂本寛平に ...

明治の洋画壇に水彩画を定着させた丸山晩霞

2021/11/3  

丸山晩霞(1867-1942)は、小県郡禰津村(現在の東御市)に生まれた。はじめ渋温泉の児玉果亭に師事して南画を学び、17歳で洋画家を志して上京、神田錦町にあった勧画学舎に入って油彩を学んだ。19歳の ...

書でも人気を博した黎明期の洋画家・中村不折

2024/12/11  

中村不折(1866-1943)は、江戸京橋に生まれ、5歳の時に維新の混乱を避けて両親の故郷である信州高遠に移り住んだ。信州での生活は貧しく、小学校を中退して商家に奉公に出るなど各地を転々としたのち、1 ...

女性石版画家のパイオニア・岡村政子

2024/12/11  

岡村政子(1858-1936)は、岩村田藩の江戸藩邸に生まれ、幼いころに岩村田(現在の佐久市)に移り住んだ。16歳で上京するが、この時のちに夫となる同郷の岡村竹四郎といっしょだったと思われる。上京後は ...

日本洋画草創期に美術教師に徹した堀江正章

2021/10/27  

明治9年、政府は西洋美術の教育の場として工部美術学校を設立、イタリアからフォンタネージ、ラグーザ、カッペレッティといった、それぞれ絵画、彫刻、装飾・用器画の教授を招いた。同校が開設されると、それまで各 ...

近代日本洋画の開拓者・川上冬崖

2021/10/25  

川上冬崖(1828-1881)は、松代藩領福島新田村(現在の長野市屋島)の農家に生まれた。11歳頃に自ら望んで母の生家である須坂の黒坂神社大宮司の家に移り住み、須坂藩塾(立成館)に通い漢学を学んだ。そ ...

飯田を訪れた富岡鉄斎に師事した安藤耕斎

2021/10/22  

伊那谷には、古くから白隠や谷文晁ら多くの文人墨客が訪れ、この地の若者たちに大きな影響を与えているが、明治8年に初めて飯田を訪れた富岡鉄斎もその一人だった。 当時の伊那谷には平田篤胤の門下生が多く、それ ...

渡辺小華に師事し花鳥画を多く残した大平小洲

2021/10/20  

大平小洲(1849-1930)は、下伊那郡野池村(現在の飯田市千代野池)に生まれた。生家は酒造業も営む豪農で、父の大平新右衛門は、若い頃に京都に出て四条派の岡本豊彦に画法を学び、「鵲巣」と号して画家に ...

諏訪部直亭ら信州の児玉果亭の門人

2021/10/18  

渋温泉で作画と教育に専念していた児玉果亭のもとには、多くの弟子入り志願者が集まった。近郊の人たちは子どもに才能の兆しが見えればすぐに「果亭さん」に見てもらい、また、小坂芝田や青柳琴僊のように果亭の作品 ...

児玉果亭の画系を継いで大成した小坂芝田

2021/10/15  

小坂芝田(1872-1917)は、上伊那郡小沢村(現在の伊那市)に生まれた。生家は藩政時代からの手習師匠(読み書きを教える寺小屋の師匠)で、曽祖父の慎独斎は能書家で、祖父の永眠は南画を描いていたという ...

渋温泉を拠点に明治南画壇で活躍した児玉果亭

2021/10/13  

児玉果亭(1841-1913)は、松代藩領沓野村渋温泉(現在の山ノ内町)に生まれた。生家は、「松坂屋」という屋号の商店を経営するかたわら、農業も行なっていた。果亭は幼いころから多彩な能力を発揮し、松代 ...

清貧に徹し飄々とした画家人生を送った長井雲坪

2021/10/11  

長井雲坪(1833-1899)は、越後国蒲原郡沼垂町(現在の新潟市)の代々医師の家に生まれた。12、3歳頃から地元の塾で読み書きを学び、その後、近くに住む医師・大倉良庵のところに医師の見習いとして入り ...

柳沢文真、加藤半渓ら佐久・上田の南画家

2021/10/8  

柳沢文真(1832-1915)は、南佐久郡桜井村(現在の佐久市)に生まれた。父の柳沢文叔は谷文晁に師事した南画家で、文真も8歳のころから谷文晁に師事し、文晁没後はその子・文二、門弟の高久靄厓、父文叔に ...

長尾無墨ら高遠の南画家

2021/10/5  

長尾無墨(1832-1894)は、高遠藩士の子として生まれ、学問を父と藩の儒者・中村元恒に学んだ。漢学の素養があり詩文にも長じ、特に絵画を得意とし、田能村竹田に私淑して多くの作品を残している。万延元年 ...

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昭和59年(1984)、田中一村(1908-1977)が奄美大島で没して7年後、NHK教育テレビ「日曜美術館」で「黒潮の画譜~異端の画家・田中一村~」と題して一村の画業が紹介され、大きな反響を呼んだ。 ...

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新しい日本画を追求して近代日本画壇を牽引した横山大観

横山大観(1868-1958)は、明治元年水戸藩士の子として現在の茨城県水戸市に生まれた。10歳の時に一家で上京し、湯島小学校に転入、つづいて東京府小学校に通った。同校卒業後は私立の東京英語学校に進学 ...

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室町水墨画の最高峰・雪舟

岡山の画家として最初に名前が出るのは、室町水墨画壇の最高峰に位置する雪舟等楊(1420-1506)である。狩野永納によって編纂された『本朝画史』によると、雪舟の生誕地は備中赤浜(現在の総社市赤浜)で、 ...

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