前衛・抽象

主体美術協会創立に参加した豊田一男

2021/3/19  

豊田一男「地球を喰う者」 豊田一男(1909-1989)は、明治42年北海道札幌市に生まれ、翌年、父親の転勤に伴って群馬県群馬郡倉淵村(現在の高崎市)に転居した。大正11年、旧制高崎中学校に入学、2級 ...

人間とは何かを一貫して問い続けた鶴岡政男

2021/3/15  

鶴岡政男「重い手」東京都現代美術館蔵 鶴岡政男(1907-1979)は、高崎市砂賀町の建築金物製造を営む家に生まれた。親の転居に伴って兵庫、東京、高崎を転々としていたが、小学校5年生の時から東京で暮ら ...

フレスコ風日本画から抽象表現に転換した岩崎鐸

2020/10/26  

岩崎鐸「迷い児の天使」(部分) 岩崎鐸(1913-1988)は、東京上野の祖父の家で生まれ、小学校卒業後に両親のいる宇都宮に転居した。20歳の時に東京美術学校日本画科に入学、結城素明に師事して素明の研 ...

抽象表現に南画の新しい境地を拓いた大山魯牛

2020/10/19  

大山魯牛「突兀」 大山魯牛(1902-1995)は、東京日本橋に生まれ、生後すぐに実家のある足利に移った。3歳の時に病気のため右足を切断し、手術時の後遺症で左耳の聴覚を失った。10歳頃から本家の所蔵品 ...

美術文化協会の結成に参加した浜松小源太

2019/6/19  

浜松小源太「世紀の系図」 秋田県大館市に生まれた浜松小源太(1911-1945)は、秋田師範学校専攻科を卒業後、地元の小学校につとめながら制作につとめ、昭和6年に開催された第1回独立美術展に入選した。 ...

横手市の郷土史研究にも携わった金沢秀之助

2019/6/19  

金沢秀之助「たそがれの海女」 金沢秀之助(1894-1967)は横手市に生まれ、上京して東京美術学校西洋画科に入学、卒業後は渡仏しパリのアカデミーに学んだ。大正13年に帰国したが、翌年の父の死により帰 ...

大正期の新興美術運動で活躍し、突如詩人に転身した尾形亀之助

2020/4/29  

尾形亀之助「化粧」 尾形亀之助は、大正期の新興美術運動のなかで華々しく活躍していながらも、突如として美術界から姿を消し、その後は詩人に転身した。美術活動期間は実質わずか2年だったが、美術運動形成期の重 ...

戦後の北海道美術

2019/7/18  

村山陽一「まひる」 戦後、北海道の美術界は、新しい公募団体の創設やさまざまな美術グループの誕生によって大きく再編成されるようになった。まず、終戦直後の昭和20年、「全道美術協会」(全道展)が創設された ...

ニシムイ美術村と沖縄の洋画家

2019/7/19  

安谷屋正義「残照」沖縄県立博物館・美術館蔵 戦後、沖縄は米軍による軍政という異民族支配を受けることになった。米軍は沖縄の文化芸術を高く評価し、1948(昭和23)年には、首里儀保町に「ニシムイ美術村」 ...

制作と評論を並行して行ない前衛美術の世界を切り開いた瑛九

2020/4/29  

瑛九「カオス」1957年 宮崎を代表する画家に、既成の美術団体や権威主義を拒否し、独学で前衛表現の道を切り開いた瑛九(1911-1960)がいる。宮崎市に生まれた瑛九は旧制宮崎中学校を中退し、14歳で ...




© 2021 UAG美術家研究所 Powered by AFFINGER5