UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま北関東地方を探索中。

「円山四条派」 一覧

伊予に四条派を伝えた町絵師・森田樵眠

山本雲渓の活躍期に重なるように現れたのが、松山三津の町絵師・森田樵眠(1795-1872)である。樵眠については詳しい経歴は伝わっていないが、京都に出て岡本豊彦の門で学び、伊予の地に四条派の画風を初め ...

森狙仙門下の猿の画人二人・山本雲渓と大内蘚圃

藩の絵師として全盛を極めた狩野派や住吉派にかわり、江戸後期から末期にかけて新しい画境を切り開いたのは、長崎系南画の流れや円山派だった。今治藩の山本雲渓(1780-1861)は、医術を学ぶため大坂に出た ...

柳本洞素と門人

柳本洞素(1838-1894)は弘瀬洞意(絵金)に学んだ後、江戸に出て駿河台狩野七代・狩野洞白陳信の門に入り、安政4年には土佐藩の御用絵師になった。山内豊範の御居間勤めを明治3年頃までつとめ、以後は町 ...

阿波の四条派・浜口南涯と吉成葭亭

浜口南涯(1801-1865)と吉成葭亭(1807-1869)は同じ四条派で、画の評判は拮抗していたが、医を業としながら和歌や茶道などもたしなむ南涯に対し、大酒飲みで奇人の葭亭は、お互いにそりが合わな ...

阿波の円山・四条派

藩の御用絵師は狩野派にしても住吉派にしても江戸の系統の画派だったが、町絵師の大部分は、南画家を除くと京都の四条派が多くを占めていた。森狙仙に学び、のちに円山応挙に師事した松浦春挙(1771-1847) ...

現代まで続く円山・四条派の系譜

伊勢には南画をはじめ、狩野派、長崎派、岸派などいろいろな画法を学ぶものがいたが、主流となったのは円山・四条派だった。伊勢に初めて円山・四条派を広めた岡村鳳水の門からは上部斎、榎倉杉斎、荘門為斎が出て ...

隠れたる画家 野村訥斎

度会郡に生まれた野村訥斎(1831-1864)は、地元の住職・慧剣に画を学んだ後、江戸に出て円山派の大西椿年に師事し、4年後に帰郷して地元で制作活動をした。その後、万延元年(1860)年には再び郷里を ...

伊勢に円山・四条派を広めた岡村鳳水と門人たち

岡村鳳水の主な門人である上部斎、榎倉杉斎、荘門為斎の門からも優れた画家たちを輩出した。とくに上部斎の門から出た林棕林(1814-1898)は、江戸に出て谷文晁や渡辺崋山らと交遊し名声を高めた。さら ...

伊勢の円山・四条派

伊勢地方の円山・四条派の画人としては、松阪の曾和温山(1748-1797)が京都に出て四条派を学んでいる。また、歌人でもある垣本雪臣(1777-1839)は松村月渓に師事し、円山派の森徹山の養子である ...

崋椿系が根付く前の東三河画壇(1)

後に絶大な勢力となる崋椿系が根付く前の東三河では、円山・四條派を学んだ恩田石峰や原田圭岳、そして谷文晁に学んだ稲田文笠らが中心的な画人だった。ほかには海山宗恪、三宅友信、金子豊水、大河内信古らがいた。 ...

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