画人伝・長野

長尾無墨ら高遠の南画家

2021/10/5  

長尾無墨「百雁図」 長尾無墨(1832-1894)は、高遠藩士の子として生まれ、学問を父と藩の儒者・中村元恒に学んだ。漢学の素養があり詩文にも長じ、特に絵画を得意とし、田能村竹田に私淑して多くの作品を ...

伊那谷の漂泊画人・原蓬山

2021/9/27  

原蓬山「残楓の図」 原蓬山(1823-1876)は、下伊那郡清内路村(現在の阿智村)に生まれた。12、3歳で島田村の八幡宮別当神宮寺の松溪住職に預けられ、読み書きを習った。寺の近くに佐竹蓬平の門人だっ ...

飯田藩主堀家のお抱え絵師・島高麿

2021/9/20  

左:島高麿「高砂尉姥図」、右:島高麿「人物像」 島高麿(1791-1871)は、伊那郡南山村(現在の泰阜村)に生まれた。飯田藩主堀家のお抱え絵師として国詰で飯田城につとめ、日常は、城中の障壁画の新規画 ...

四条派の師風を守った関長年

2021/9/17  

関長年「草廬三顧」 信濃国下高井郡松川村(現在の中野市松川)の豪商の家に生まれた関長年(1813-1877)は、20歳の時に江戸に出て四条派の大西椿年に師事し、師の一字をもらい「長年」と号した。26歳 ...

木曽の近世画人・馬籠宿の蜂谷蘭洲

2021/9/17  

蜂谷蘭洲「清溪煎茶図」 蜂谷蘭洲(1756-1840)は、信濃国木曽郡神坂村馬籠(現在は岐阜県中津川市)に生まれた。幼いころから画が好きで、青年になって伊勢山田の画僧・月僊について学んだ。山水や人物を ...

晩年は世相を風刺した妖怪画を多く描いた高井鴻山

2021/9/13  

高井鴻山「妖怪山水図」 高井鴻山(1806-1883)は、上高井郡小布施村(現在の小布施町)に生まれた。生家は江戸初期以来の旧家で、商業を営み、京都九条家及び諸藩の御用達をつとめていた。鴻山は15歳の ...

古曳盤谷門下の三筆、藤森桂谷・窪田松門・丸山素屋

2025/2/26  

藤森桂谷「南瓜之図」 古曳盤谷は松本の飯田町に寄寓し、医業のかたわら南画や漢詩文の家塾を開き、多くの門人を育てた。主な門人としては、啓蒙運動家として活動し、国民教育の先覚者でもあった藤森桂谷、自由民権 ...

中信地方に南画を本格的に紹介した古曳盤谷

2021/9/8  

古曳盤谷「三皇・楼閣山水図」(三幅対) 古曳盤谷(1807-1885)は、伯耆国会見郡榎大谷(現在の米子市榎原)に生まれた。父盤嶺は医者で儒者だったが、文武両道に秀でており、盤谷は父から医術、漢学のほ ...

松本における近代日本画の基礎を築いた仙石翠淵

2021/9/3  

仙石翠淵「養蚕の図」 仙石翠淵(1801-1885)は、筑摩郡埴原村(現在の松本市中山)に生まれた。生家は、胡桃澤膏薬本舗として近郷に知られていた。幼いころから書画を好み、独学で画を学んだが、49歳の ...

信州松本に流寓した江戸の人気浮世絵師・抱亭五清

2024/12/14  

左:抱亭五清「花籠と美人図」、右:「蛍狩り二美人図」 抱亭五清(不明-1835)は、葛飾北斎の門人で、北斎の下絵を描いていたとされる。当時、北斎門下の絵師たちは腕のたつものばかりだったが、そのなかでも ...

飯山で児玉果亭ら多くの門人を育てた佐久間雲窓

2021/8/31  

佐久間雲窓「花鳥図」(双幅) 佐久間雲窓(1801-1884)は、飯山藩士の家に生まれ、その後、藩の吟味役をつとめた。幼いころから画を好み、30歳頃、藩主の参勤交代に随行して江戸に上り、許可を得て谷文 ...

上尾に私立聖堂を建立した飯山の画僧・武田雲室

2021/8/30  

武田雲室「梅花図」 武田雲室(1753-1827)は、飯山愛宕町の浄土真宗本願寺派三枝山光蓮寺で武田恵隋の長男として生まれた。光蓮寺は、武田信玄の弟・武田信繁の孫にあたる武田正善が開基したと伝えられて ...

近世の信州を代表する画人・佐竹蓬平と鈴木芙蓉

2021/8/28  

左:佐竹蓬平「伯牙弾琴図」 右:「伯牙絶弦図」 佐竹蓬平(1750-1807)と鈴木芙蓉(1749or1752-1816)は、ともに飯田の近郊・伊賀良の里に生まれ、年齢も近く(芙蓉の生年には2説ある) ...

松代藩の閨秀画家・恩田緑蔭

2021/8/26  

恩田緑蔭「写生集壱」 恩田緑蔭(1819-1874)は、松代藩で活動した女性画家で、松代藩士・四代恩田織部(恩田民正)の長女として生まれた。恩田織部の家は、代々二百石を継承する比較的裕福な家で、初代の ...

ペリー応接に同席し写生した松代藩医師・高川文筌

2021/8/25  

高川文筌「米利堅人等写真図」 嘉永6年(1853)、ペリー率いるアメリカ艦隊が浦賀に現れると、松代藩は品川に設けられた台場の警衛を担当し、翌7年のペリー再来航でも、横浜に設けられた応接場の警衛を小倉藩 ...

松代藩御用絵師・大島芳暁斎と大島家三代

2021/8/23  

左:大島芳暁斎「黄石公図」、右:大島芳暁斎「張良図」 三代にわたって松代藩の絵師をつとめた大島家の初代・大島芳雲斎(1766-1840)は、天明年間に江戸に出て木挽町狩野家に入門した。この時期は、松代 ...




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