画人伝・三重

現代まで続く円山・四条派の系譜

2025/3/6  

中村左洲「伊勢参宮図」 伊勢には南画をはじめ、狩野派、長崎派、岸派などいろいろな画法を学ぶものがいたが、主流となったのは円山・四条派だった。伊勢に初めて円山・四条派を広めた岡村鳳水の門からは上部茁斎、 ...

隠れたる画家 野村訥斎

2022/8/18  

野村訥斎「花鳥図」 度会郡に生まれた野村訥斎(1831-1864)は、地元の住職・慧剣に画を学んだ後、江戸に出て円山派の大西椿年に師事し、4年後に帰郷して地元で制作活動をした。その後、万延元年(186 ...

伊勢に円山・四条派を広めた岡村鳳水と門人たち

2022/8/18  

磯部百鱗 左:伊勢音頭図、右:曾我兄弟之図 岡村鳳水の主な門人である上部茁斎、榎倉杉斎、荘門為斎の門からも優れた画家たちを輩出した。とくに上部茁斎の門から出た林棕林(1814-1898)は、江戸に出て ...

伊勢の円山・四条派

2025/3/6  

岨温山「楊貴妃図」賛:本居大平 伊勢地方の円山・四条派の画人としては、松阪の曾和温山(1748-1797)が京都に出て四条派を学んでいる。また、歌人でもある垣本雪臣(1777-1839)は松村月渓に師 ...

伊勢の狩野派・長崎派・岸派

2022/8/18  

伊勢地方の狩野派の画人としては、小川(河)地竹園(1808-1872)が知られている。竹園は内宮の神主を務めていたが、江戸に出て狩野洞益に師事し、伊勢に狩野派の画風を伝えた。また、女性画家の小林珮芳( ...

伊勢の南画

2022/8/18  

伊勢地方の南画家としては、尾張の山本梅逸に師事した笠松梅西(1798-1871)、藤本鉄石と交遊し竹中文輔の門に学んだ奥山金陵(1807-1866)、谷口藹山に師事した橋村並子(1816-1884)と ...

伊賀の画人

2025/3/6  

伊賀出身の文人としては、全国的に名高い俳人の松尾芭蕉(1644-1694)、江戸中期の俳人・菊岡沾凉(1680-1747)、江戸後期の歌人・田山敬儀(1766-1814)らがいて余技に画をたしなんだが ...

松阪の画人

2022/8/18  

祇園井特「本居宣長像」 松阪の文人としては、全国的に名高い国学者の本居宣長(1730-1801)がいる。宣長の門人は伊勢地方にも多くいるが、その中に目立った画業を残したものは見当たらない。他には、北海 ...

拙堂門下と津の画人たち

2025/3/6  

川北梅山、中内樸堂と並び、斎藤拙堂門下三傑のひとりに数えられる土井聱牙もまた書画をたしなみ、墨竹を多く残した。また、聱牙の三男・宮橋慥軒、娘婿の須山素朴、拙堂に師事した櫻木春山、拙堂の子・斎藤誠軒らも ...

斎藤拙堂の門人・宮崎青谷とその周辺の画人

2022/8/18  

津藩士として藤堂家に仕えた斎藤拙堂(1797-1865)は、漢学者として名高く、多くの儒学者や文人と交流し、土井聱牙、川北梅山、中内樸堂をはじめ多くの門人を育てた。その中には宮崎青谷のように画人として ...

伊勢津藩主・藤堂家と津藩士の画業

2022/8/16  

「藤堂高虎像」 伊勢津藩の藩主を代々つとめた藤堂家は文雅を好み、2代・高次、3代・高久、10代・高兌、11代・高猷、そして最後の藩主となった12代・高潔らは『三重県の画人伝』に掲載され、その画業が伝え ...

増山雪斎と桑名の画人

2025/3/6  

増山雪斎 左:黄葵に翡翠図、右:牡丹に孔雀図 桑名の画人としては、沈南蘋風の花鳥や水墨を描き、文人大名と呼ばれた伊勢長島藩主・増山雪斎(1754-1819)が知られている。雪斎は文雅を好み、十時梅厓( ...

伊勢の浮世絵師

2022/8/16  

葛飾北斎「東海道五十三次 坂下」 伊勢で浮世絵を描いた画人としては、月僊の高弟とされる西岡邦教に画を学び、月僊風の画を描いていた喜多村邦穀(1793-1853)が、のちになって浮世絵を試みた。『三重県 ...

尾張の画僧・月僊と伊勢の門人

2025/3/6  

月僊「東方朔図」 月僊(1741-1809)は、尾張国名古屋の商家に生まれ、7歳で得度し、10代で江戸の芝増上寺に入寺した。修行のかたわら桜井雪館に師事し、雪館の高弟の一人として目された。その後、江戸 ...

池大雅と韓天寿

2022/8/16  

池大雅「山水図」 曾我蕭白とともに伊勢地方を訪れた代表画家に、池大雅(1723-1776)がいる。大雅は特に松阪に多くの作品を残していて、これは京都に生まれ松阪に移り住んだ韓天寿の存在を抜きには語れな ...

曾我蕭白と伊勢の門人

2025/3/6  

曾我蕭白「鷲図屏風」 現在の三重県は、かつて伊勢国、伊賀国、志摩国と紀伊国の一部からなっており、江戸時代には上方と江戸を結ぶ交通の要所として栄えた。伊勢商人の活動にともなう経済発展や伊勢参宮の流行など ...




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