UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま東北地方を探索中。

「画人伝・愛媛」 一覧

正岡子規と周辺の文士や絵師

愛媛生まれで「俳聖」と称される正岡子規は、単なる俳人としてとらえられる人物ではなかった。新聞記者や雑誌の創刊など多彩な活動をし、絵も描いた。子規のまわりには、おなじ間口の広さを持った文士や画家たちが集 ...

愛媛洋画の先達・下村為山と愛媛出身の洋画家

洋画の黎明期にあって、愛媛出身の洋画の先達としては、下村為山と中川八郎があげられる。当時は、洋画の技法を修得するには上京して画塾などで指導を受けるしかなく、下村為山(1865-1949)も、明治15年 ...

日本画革新運動の中での愛媛出身の日本画家

明治も20年代になると、岡倉天心、フェノロサらの提唱により東京美術学校が開設され、日本美術院が創立されるなど、「新日本画」を標榜する革新運動が活発になっていった。京都における諸流派も近代絵画の影響を受 ...

伊予の南画、全盛から現代南画へ

吉田蔵澤(1722-1802)やその門人たちによって確立されていった伊予南画は、しだいに広がりを見せる。小松藩絵師となった森田南濤(1808-1872)は文晁派の春木南湖に学び、その流れは門人の林涛光 ...

伊予南画の全盛・続木君樵と周囲の画人

天野方壺の登場で全盛を迎える伊予南画だが、伊予画壇において方壺と双璧と謳われたのが続木君樵(1835-1883)である。君樵は庄屋の家系に生まれ、幼いころから書画に親しんだ。土居町を中心として多くの画 ...

伊予出身の旅絵師・天野方壺、伊予を訪れ作品を残している富岡鉄斎

幕末から明治初期にかけて活躍した伊予出身の南画家に、天野方壺(1824-1895)がいる。その生涯はほとんど不明確だが、諸々の資料をつなぎ合わせると、はじめ三津の四条派の画人・森田樵眠に学び、のちに京 ...

伊予南画の先駆者・吉田蔵澤、正岡子規も愛した竹の名手

伊予南画の先駆的な存在としては吉田蔵澤(1722-1802)があげられる。蔵澤が長崎南画との出会いによって墨竹を始めたころは、ちょうど池大雅や与謝蕪村らによる日本南画の黎明期にあたり、蔵澤の先駆性はは ...

円山四条派の流れを汲む伊予の画人

森田樵眠によって伝えられた円山四条派の流れは、伊予の地に広まっていった。東宇和郡野村町に生まれた松本仙挙(1880-1932)は、京都市立美術工芸学校絵画科に進み、卒業後も山元春挙に師事して「仙挙」の ...

伊予に四条派を伝えた町絵師・森田樵眠

山本雲渓の活躍期に重なるように現れたのが、松山三津の町絵師・森田樵眠(1795-1872)である。樵眠については詳しい経歴は伝わっていないが、京都に出て岡本豊彦の門で学び、伊予の地に四条派の画風を初め ...

岸駒に学び、江戸で活躍した沖冠岳

今治に生まれ山本雲渓の手ほどきを受けて絵画に目覚めた沖冠岳(1817-1876)は、京都に出て岸駒の門に入り画を学び、その後江戸に出て谷文晁や渡辺崋山らと交わり、江戸南画や狩野派を研究するなど様々な画 ...

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