美人画・女性像

歴史・風俗を研究し歴史人物画を得意とした北村明道

2021/7/5  

北村明道「紫式部」群馬県立歴史博物館蔵 高崎に生まれた北村明道(1896-1962)は、はじめ小堀鞆音に師事して歴史画を学び、のちに蔦谷龍岬の画塾に入り、龍岬没後は児玉希望に師事した。昭和2年の第8回 ...

晩年を上州藤岡で過ごした浮世絵師・菊川英山

2021/7/5  

菊川英山「雪月花図」 菊川英山(1787-1867)は、江戸市ヶ谷の造り花屋「近江屋」の子として生まれ、狩野派の絵師の門人だった父に絵の手ほどきを受け、のちに鈴木南嶺に師事した。また、幼い時から親しか ...

下野国栃木の豪商との親交のなかで肉筆画の代表作「雪月花」を描いた喜多川歌麿

2021/7/6  

喜多川歌麿「雪月花」三部作のうち「深川の雪」 美人画の大家として知られる浮世絵師・喜多川歌麿(1753?-1806)の肉筆画の大作「深川の雪」(掲載作品)が、平成24年(2012)2月、60余年ぶりに ...

谷文晁ら江戸の文人と交流し多彩な画事を展開した小泉斐

2021/7/6  

左:小泉斐「月下弾琴図」栃木県立博物館蔵右:小泉斐「唐美人図」栃木県立博物館蔵 下野国益子の神官の子として生まれた小泉斐(1770-1854)は、幼いころから画を好み、11歳で茂木に出店していた近江商 ...

18歳で夭折した喜多方の女性画家・結城真沙子

2021/7/6  

結城真沙子「仲秋の夜半」 喜多方に生まれた結城真沙子(1911-1929)は、幼いころから絵が得意で、通っていた尋常高等小学校では似顔絵を描いてみせるなど、周囲にも認められる存在だった。しかし、家事の ...

ブルースの女王・淡谷のり子を専属モデルにしたことでも知られる田口省吾

2021/7/6  

田口省吾「見世物」 田口省吾(1897-1943)は、明治30年東京文京区本郷に生まれた。父の田口掬汀は、秋田県角館出身の小説家で、美術雑誌「中央美術」を創刊し、美術評論も手掛けていた。省吾は、美術家 ...

秋田県の洋画家の草分け的存在・小西正太郎

2021/7/6  

小西正太郎「赤い着物の女」 秋田県人で最も早く洋画を学んだとされるのは、男鹿市出身の斎藤鹿山(1866-1943)だが、斎藤は、その後30歳の時に福田笑迎と秋田新聞を創刊、節堂などの筆名で雑文や短編小 ...

終生日本画の近代化に尽くした寺崎広業

2021/7/6  

寺崎広業「美人読書図」 秋田に生まれた寺崎広業(1866-1919)は、はじめ郷里の狩野派・小室怡々斎に師事し、ついで角館出身で東京に出ていた四条派の平福穂庵の勧めで上京し穂庵に師事、穂庵の帰郷後も東 ...

秋田蘭画の画家たち

2021/7/6  

左:藤氏憲承「円窓美人図」、右:太田洞玉「蝦蟇仙人図」 秋田蘭画の画家としては、平賀源内に西洋画法を伝授された小田野直武と、直武から画法を学んだ秋田藩主・佐竹曙山を中心に、直武のよき理解者だった角館城 ...

秋田蘭画の誕生と平賀源内

2021/7/6  

西洋婦人像 平賀源内 神戸市立博物館蔵 江戸中期になると、蘭学と密接に結びついた和洋折衷の洋風画が、長崎、京坂、江戸、須賀川、秋田など各地で展開されるようになった。そのなかでも、秋田藩士・藩主らによっ ...




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