yuagariart

江戸時代を中心に明治中頃くらいまでに活動していた各地の画家を調査し、都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

雪佳の後継者として嘱望されたが早世した古谷紅麟

2026/10/21  

古谷紅麟(1875-1910)は、滋賀県高島郡海津町(現在の滋賀県高島市マキノ町海津)に生まれた。京都に出て漢学や国文学を学んだあと、四条派の鈴木万年に師事し、その後、生涯の師となる神坂雪佳に師事し図 ...

京都の図案界に大きな足跡を残した神坂雪佳

2026/10/19  

神坂雪佳(1866-1942)は、京都粟田の士族の家に生まれ、16歳で四条派の鈴木瑞彦に入門して日本画を学び始めた。22歳で川島織物工場に入り織物図案の実地研究をはじめ、その間、欧州帰りの政治家・品川 ...

東京における四条派の重鎮として活躍した小林呉嶠

2026/10/16  

小林呉嶠(1871-1928)は、俳人・小林鹿造の子として京都に生まれ、四条派の今尾景年に師事した。少年の頃から地元の京都博覧会だけでなく、シカゴ万国博覧会などにも出品して受賞を重ね、景年画塾の筆頭と ...

常に詩と画をひとつのものとして描いた仁尾小香

2026/10/14  

仁尾小香(1866-1950)は、阿波国三好郡辻町(現在の徳島県三好市井川町辻)に生まれ、画家を志して京都に出て、前田荷香、森寛斎に画を学び、江馬天江、林双橋、小野湖山、依田学海らに詩文を学んだ。 郷 ...

皇室に献上した戦地写生画を描いた藤山鶴城

2026/10/12  

藤山鶴城(1870-不明)は、丹後国(現在の京都府舞鶴市)の旧田辺藩士族の家に生まれた。京都府画学校に入学し、幸野楳嶺に学び、その後上京して野村文挙に師事した。初期には日本青年絵画協会に出品するなどし ...

愛好家との繋がりのなかで制作した高谷篁圃

2026/10/9  

高谷篁圃(1870-不明)は、京都の円山四条派の流れを汲む画家で、幸野楳嶺の門に学んだと伝わっている。花鳥画を得意とし、生涯京都に住んだが、画壇とは距離を置き、愛好家との繋がりで制作した。 掲載の「富 ...

栖鳳と明治の京都美術の革新に携わった山元春挙

2026/10/7  

山元春挙(1872-1933)は、滋賀の膳所に生まれ、はじめ野村文挙に学び、文挙の東京移住後は森寛斎に師事し、円山派の正統な画系に連なった。幸野楳嶺門下が圧倒的に強い当時の京都画壇にあって若くして頭角 ...

京都画壇で超然とした個性を示した都路華香

2026/10/5  

都路華香(1871-1931)は、京都の友禅描きの家に生まれ、9歳から幸野楳嶺に師事した。途中、家庭の事情で修業を中断して実家で家業を手伝っていたが、19歳の時に第3回内国勧業博覧会で褒状を受け、その ...

京都画壇の歴史画の第一人者として活躍した谷口香嶠

2026/10/2  

谷口香嶠(1864-1915)は、代々木綿問屋を営む豪商の家に生まれ、少年期から漢籍、史書に通じ、15歳で東京に出て医学を学んだ。翌年生家に戻り、家業を手伝いながら画法を独学し、明治16年、19歳の時 ...

京都画壇を代表する立場を担い続けた竹内栖鳳

2026/9/30  

竹内栖鳳(1864-1942)は、京都に生まれ、はじめ土田英林に画の手ほどきを受け、17歳で幸野楳嶺の門に入った。楳嶺のもとで四条派の伝統的な技術と感覚を磨くとともに、雪舟や池大雅ら他派の古画も研究し ...

端正温雅な花鳥画で近代京都画壇を牽引した菊池芳文

2026/9/28  

菊池芳文(1862-1918)は、表具師の二男として大坂に生まれ、はじめ滋野芳園に学び、のちに19歳で京都の幸野楳嶺に師事した。入門の翌年、20歳で第1回内国絵画共進会で銅賞となり、その後も各展で受賞 ...

見識を尊ばれて京都画壇で重きをなした富岡鉄斎

2026/9/25  

幕末から明治初期にかけての京都の南画界は、中西耕石、田能村直入、谷口藹山、池田雲樵らが活躍し、四条派の塩川文麟が主宰した如雲社においても南画家が重要な地位を占めていた。また、明治13年に開校した京都府 ...

南画に写実的な視点も取り入れ絶景を描いた平尾竹霞

2026/9/23  

平尾竹霞(1856-1939)は、丹波篠山(現在の兵庫県丹波篠山市)に生まれ、16歳から京都に出て、四条派の塩川文麟に学んだのち、南画家の田能村直入に師事した。伝統的な南画の精神を受け継ぎながらも、写 ...

明治初期の京都画壇で重要な地位を確立した前川文嶺

2026/9/21  

前川文嶺(1837-1917)は、松村景文門下の前川五嶺の子として京都に生まれた。幼いころから父に画法を学び、写実的で情趣豊かな四条派の伝統を受け継ぎ、特に花鳥画や風景画を得意とした。 激動の明治維新 ...

完成後皇室に献上された京都府画学校校員画帖

2026/9/21  

京都府画学校校員画帖は、明治13年に開校した京都府画学校の摂理(校長)、教員、出仕あわせて60名の画家(在籍が田村宗立一人だった西宗を除く)の手による画帖で、いくつかの図に入れられた年記から明治15年 ...

京都府画学校初代校長となった田能村直入と出仕画家

2026/9/16  

明治13年、日本画を扱う絵画専門学校としては日本初となる京都府画学校が、京都御苑内の准后里御殿を仮校舎として開校された。開校のきっかけとなったのは、東京遷都によって京都画壇が衰退するのを危惧した田能村 ...