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江戸時代を中心に明治中頃くらいまでに活動していた各地の画家を調査し、都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

見識を尊ばれて京都画壇で重きをなした富岡鉄斎

2026/9/25  

幕末から明治初期にかけての京都の南画界は、中西耕石、田能村直入、谷口藹山、池田雲樵らが活躍し、四条派の塩川文麟が主宰した如雲社においても南画家が重要な地位を占めていた。また、明治13年に開校した京都府 ...

南画に写実的な視点も取り入れ絶景を描いた平尾竹霞

2026/9/23  

平尾竹霞(1856-1939)は、丹波篠山(現在の兵庫県丹波篠山市)に生まれ、16歳から京都に出て、四条派の塩川文麟に学んだのち、南画家の田能村直入に師事した。伝統的な南画の精神を受け継ぎながらも、写 ...

明治初期の京都画壇で重要な地位を確立した前川文嶺

2026/9/21  

前川文嶺(1837-1917)は、松村景文門下の前川五嶺の子として京都に生まれた。幼いころから父に画法を学び、写実的で情趣豊かな四条派の伝統を受け継ぎ、特に花鳥画や風景画を得意とした。 激動の明治維新 ...

完成後皇室に献上された京都府画学校校員画帖

2026/9/21  

京都府画学校校員画帖は、明治13年に開校した京都府画学校の摂理(校長)、教員、出仕あわせて60名の画家(在籍が田村宗立一人だった西宗を除く)の手による画帖で、いくつかの図に入れられた年記から明治15年 ...

京都府画学校初代校長となった田能村直入と出仕画家

2026/9/16  

明治13年、日本画を扱う絵画専門学校としては日本初となる京都府画学校が、京都御苑内の准后里御殿を仮校舎として開校された。開校のきっかけとなったのは、東京遷都によって京都画壇が衰退するのを危惧した田能村 ...

石版画の普及につとめた二代玄々堂・松田緑山

2026/9/14  

松田緑山(1837-1903)は、初代玄々堂・松本保居の長男として京都に生まれた。初代玄々堂は、微塵銅版と称して刻線の精密幽徴を極めることを特色とした銅版屋で、京阪の名所などの風景銅版画を専門に制作し ...

京都洋画黎明期に活躍し石版画も手掛けた疋田敬蔵

2026/9/11  

疋田敬蔵(1851-1914)は、京都に生まれ、明治5年から横山松三郎に鉛筆画、油彩画を学んだ。明治9年、日本初の官立西洋画教育機関・工部美術学校に一期生として入学し、フォンタネージに師事した。同校に ...

京都洋画の普及に貢献した小山三造

2026/9/9  

小山三造(1860-1927)は、駿河国(静岡県)に生まれ、東京の工部大学校で洋画を学んだ。明治12年京都に移ったが、それを機に同年東山双林寺で油絵展が開催された。同展は京都におけるまとまった洋画の展 ...

京都における洋画の先駆者・田村宗立

2026/9/7  

田村宗立(1846-1918)は、丹波国園部(現在の京都府南丹市園部町)近くに生まれ、はじめ南画を学び、その後、六角堂能満院の大願和尚のもとで仏画を学んだ。安政5年、世の中には本物そっくりに見える絵が ...

山水画の手法に西洋画的な写実味を加えた野村文挙

2026/9/4  

野村文挙(1854-1911)は、呉服屋「近宇」の子として京都府下京区に生まれた。14歳で浮世絵師の梅川東挙に入門したが、その翌年東挙が没したため、明治2年、四条派の塩川文麟に師事した。畿内の諸国を遊 ...

代々禁中絵師をつとめた原派の四代目・原在泉

2026/9/2  

原在泉(1849-1916)は、梶井宮近習・渡辺亭観の二男として京都に生まれ、10歳の時に代々禁中絵師をつとめていた原派の三代目・原在照の養子となり、養父から画法を学んで四代目を継ぎ、13歳から御用に ...

遅咲きながらも四条派の正系として活躍した森川曽文

2026/8/31  

森川曽文(1847-1902)は、京都に生まれ、はじめ友禅の下絵を描いていたが、20歳の時に前川五嶺に絵の手ほどきを受け、一年余りののち、本格的に画家を志して江州八幡の長谷川玉峰に師事した。この際、画 ...

官職を辞して画家として名を成した熊谷直彦

2026/8/28  

熊谷直彦(1828-1913)は、京都の神職の家に生まれ、14歳で四条派の岡本茂彦の門人となったが、入門して3年ほどで師の茂彦が没したため、その後は独学で画技を磨いた。弘化元年に広島藩の京都詰衣紋方だ ...

京都から東京に移住し皇室の御用も手掛けた村瀬玉田

2026/8/26  

村瀬玉田(1852-1917)は、京都上京区に生まれ、11歳の時に村瀬双石の門に入り四条派の画法を学び、15歳の時に双石の養子となり村瀬姓を継いだ。当時は景文門下の横山清暉、塩川文麟、岸連山、中島来章 ...

東美教授として円山派を東京に広めた川端玉章

2026/8/24  

川端玉章(1842-1913)は、蒔絵師の子として京都に生まれた。10歳の時に三井家に年季奉公に出たが、算盤を持つのを好まず、暇さえあれば絵を描いていたので三井家の執事の勧めで11歳の時に円山派の中島 ...

筆力雄渾な画風から「今蕭白」と呼ばれた鈴木松年

2026/8/21  

鈴木松年(1848-1918)は、鈴木派の祖・百年の長男として京都の四条堺町西に生まれ、幼いころから父に画法を学び、儒学を修め、詩文を山田梅東に学んだ。絵や軍談を好む喧嘩好きな少年で、烈しく豪放な気性 ...