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江戸時代を中心に明治中頃くらいまでに活動していた各地の画家を調査し、都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

円山派に転じた狩野派山本家6代目・山本守礼

2026/5/15  

山本守礼(1751-1790)は、京都の富商の家に生まれ、のちに山本探川の養子となって山本家6代目を継いだ。山本家は京都で代々狩野派の画風を伝えた家で、3代目の山本素軒は尾形光琳の師として知られる。し ...

父蘭洲とともに応挙に師事した吉村孝敬

2026/5/13  

吉村孝敬(1769-1836)は、円山応挙門下の吉村蘭洲の子として生まれた。父と同じく、はじめ狩野派の石田幽汀に学び、のちに応挙に師事し、応挙門下十哲に数えられるようになった。応挙晩年の弟子のひとりで ...

応挙の伝記『仙斎円山先生伝』を著した奥文鳴

2026/5/11  

奥文鳴(1773-1813))は、産科医の子として京都に生まれ、円山応挙に師事した。応挙門下十哲のひとりに数えられる重要な弟子だが、その生涯は不明な点が多い。丁寧な描写による花鳥図を得意としたが、残さ ...

円山派を江戸に広めたとされる渡辺南岳

2026/5/8  

渡辺南岳(1767-1813)は、京都の人で、円山応挙晩年の弟子のひとりで、はじめ源琦に学び、のちに応挙に師事したと思われる。また、尾形光琳に私淑して装飾的な技法も取り入れ、独自の画風を確立した。南岳 ...

応挙門下で優雅な和美人を描いて人気を得た山口素絢

2026/5/6  

山口素絢(1759-1818)は、京都の呉服商に生まれ、円山応挙に師事した。応挙門下十哲のひとりに数えられ、寛政7年の大乗寺の障壁画制作に参加するなど、応挙門下の仕事に力を発揮したが、ひとりの画家とし ...

応挙門下の一番弟子にあたる存在・島田元直

2026/5/4  

島田元直(1735-1819)は、朝廷に仕えていた藤井重好の二男で、島田政直の養子になった。円山応挙門下では一番弟子にあたる存在で、当時かなりの人気絵師だったと思われ、『平安人物誌』には円山応挙、伊藤 ...

円山応挙に学び最も忠実に師風を受け継いだ源琦

2026/5/1  

源琦(1747-1797)は、京都の根付職人の子として生まれ、円山応挙に師事して画を学んだ。応挙の数ある弟子のなかで唯一の内弟子で、応挙の画法を最も忠実に受け継ぎ、応挙の右腕となって常に師を支えた。駒 ...

平明で親しみやすい「写生画」を確立した円山応挙

2026/4/29  

18世紀の京都では、土佐派や鶴沢派、狩野派などの御用絵師とともに、南画の池大雅や与謝蕪村、新奇を競った伊藤若冲や曾我蕭白ら、さまざまな流派や画家たちが特色ある活動をしていた。そのなかにあって円山応挙は ...

蕪村に師事し夜半亭3世を継いだ高井几董

2026/4/27  

高井几董(1741- 1789)は、俳人・高井几圭の子として京都に生まれ、父のもとで俳諧に親しんだ。父の没後、与謝蕪村が夜半亭2世を継ぐにあたり、几董の3世継承を条件としたことから、30歳の時に蕪村の ...

人間味あふれる禅画を多数描いた仙厓

2026/4/24  

仙厓義梵(1750-1837)は、美濃国(岐阜県)の農民の子として生まれた。11歳で出家し、19歳で諸国行脚に出て武蔵の東輝庵の月船禅慧について法を継いだ。32歳の時に月船が還化すると、これを機に再び ...

蕭白、芦雪ら奇想の画家たちにも影響を与えた白隠

2026/4/22  

白隠慧鶴(1685-1768)は、駿河国の原(現在の静岡県沼津市原)に生まれ、15歳の時に出家し、諸国を行脚して修行を重ね、信州の正受老人(道鏡慧端)の法を継いだ。32歳で郷里に帰り松蔭寺の住職となり ...

奇矯なフォルムと色使いで新奇を極めた曾我蕭白

2026/4/20  

曾我蕭白(1730-1781)は、京都の染物屋の二男として生まれた。若くして家が没落し、17歳で天涯孤独の身となり、生計を立てるため画家になったという。伊勢や播磨を放浪し、それぞれの土地で多くの作品と ...

写実と装飾性をあわせ持ち新奇を極めた伊藤若冲

2026/4/17  

伊藤若冲(1716-1800)は、与謝蕪村と同じ年の正徳6年、京都・錦小路で3代続く青物問屋「桝屋」の3代目伊藤源左衛門の長男として生まれた。23歳の時に父が亡くなったため4代目を継いだが、仕事よりも ...

京焼の陶工で書画詩文にすぐれた青木木米

2026/4/15  

池大雅・与謝蕪村以後、大雅・蕪村に学んだもの以外にも、京坂には浦上玉堂、岡田米山人、青木木米、田能村竹田ら個性的な南画家が現れ、日本南画は豊かな成熟期を迎えた。また、江戸では谷文晁、渡辺崋山、椿椿山ら ...

池大雅・与謝蕪村に学んだ京坂の南画家

2026/4/13  

池大雅に師事したものとしては、大坂の酒造業者で好事家として知られる木村蒹葭堂、最も古い赤富士図を描いたとされる紀州藩の野呂介石、紀州の廻船業者で事業のからわら画法を研究した桑山玉洲、大坂における南画壇 ...

池大雅とともに日本南画の大成者とされる与謝蕪村

2026/4/10  

与謝蕪村(1716-1783)は、摂津国東成郡毛馬村(現在の大阪市都島区毛馬町)に生まれた。早くに両親と家産を失ったが、少年の頃から俳句をはじめ、20歳以前には江戸に出て、22歳の時に日本橋の俳諧師・ ...