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江戸時代を中心に明治中頃くらいまでに活動していた各地の画家を調査し、都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

京都画壇で超然とした個性を示した都路華香

2026/10/5  

都路華香(1871-1931)は、京都の友禅描きの家に生まれ、9歳から幸野楳嶺に師事した。途中、家庭の事情で修業を中断して実家で家業を手伝っていたが、19歳の時に第3回内国勧業博覧会で褒状を受け、その ...

京都画壇の歴史画の第一人者として活躍した谷口香嶠

2026/10/2  

谷口香嶠(1864-1915)は、代々木綿問屋を営む豪商の家に生まれ、少年期から漢籍、史書に通じ、15歳で東京に出て医学を学んだ。翌年生家に戻り、家業を手伝いながら画法を独学し、明治16年、19歳の時 ...

京都画壇を代表する立場を担い続けた竹内栖鳳

2026/9/30  

竹内栖鳳(1864-1942)は、京都に生まれ、はじめ土田英林に画の手ほどきを受け、17歳で幸野楳嶺の門に入った。楳嶺のもとで四条派の伝統的な技術と感覚を磨くとともに、雪舟や池大雅ら他派の古画も研究し ...

端正温雅な花鳥画で近代京都画壇を牽引した菊池芳文

2026/9/28  

菊池芳文(1862-1918)は、表具師の二男として大坂に生まれ、はじめ滋野芳園に学び、のちに19歳で京都の幸野楳嶺に師事した。入門の翌年、20歳で第1回内国絵画共進会で銅賞となり、その後も各展で受賞 ...

見識を尊ばれて京都画壇で重きをなした富岡鉄斎

2026/9/25  

幕末から明治初期にかけての京都の南画界は、中西耕石、田能村直入、谷口藹山、池田雲樵らが活躍し、四条派の塩川文麟が主宰した如雲社においても南画家が重要な地位を占めていた。また、明治13年に開校した京都府 ...

南画に写実的な視点も取り入れ絶景を描いた平尾竹霞

2026/9/23  

平尾竹霞(1856-1939)は、丹波篠山(現在の兵庫県丹波篠山市)に生まれ、16歳から京都に出て、四条派の塩川文麟に学んだのち、南画家の田能村直入に師事した。伝統的な南画の精神を受け継ぎながらも、写 ...

明治初期の京都画壇で重要な地位を確立した前川文嶺

2026/9/21  

前川文嶺(1837-1917)は、松村景文門下の前川五嶺の子として京都に生まれた。幼いころから父に画法を学び、写実的で情趣豊かな四条派の伝統を受け継ぎ、特に花鳥画や風景画を得意とした。 激動の明治維新 ...

完成後皇室に献上された京都府画学校校員画帖

2026/9/21  

京都府画学校校員画帖は、明治13年に開校した京都府画学校の摂理(校長)、教員、出仕あわせて60名の画家(在籍が田村宗立一人だった西宗を除く)の手による画帖で、いくつかの図に入れられた年記から明治15年 ...

京都府画学校初代校長となった田能村直入と出仕画家

2026/9/16  

明治13年、日本画を扱う絵画専門学校としては日本初となる京都府画学校が、京都御苑内の准后里御殿を仮校舎として開校された。開校のきっかけとなったのは、東京遷都によって京都画壇が衰退するのを危惧した田能村 ...

石版画の普及につとめた二代玄々堂・松田緑山

2026/9/14  

松田緑山(1837-1903)は、初代玄々堂・松本保居の長男として京都に生まれた。初代玄々堂は、微塵銅版と称して刻線の精密幽徴を極めることを特色とした銅版屋で、京阪の名所などの風景銅版画を専門に制作し ...

京都洋画黎明期に活躍し石版画も手掛けた疋田敬蔵

2026/9/11  

疋田敬蔵(1851-1914)は、京都に生まれ、明治5年から横山松三郎に鉛筆画、油彩画を学んだ。明治9年、日本初の官立西洋画教育機関・工部美術学校に一期生として入学し、フォンタネージに師事した。同校に ...

京都洋画の普及に貢献した小山三造

2026/9/9  

小山三造(1860-1927)は、駿河国(静岡県)に生まれ、東京の工部大学校で洋画を学んだ。明治12年京都に移ったが、それを機に同年東山双林寺で油絵展が開催された。同展は京都におけるまとまった洋画の展 ...

京都における洋画の先駆者・田村宗立

2026/9/7  

田村宗立(1846-1918)は、丹波国園部(現在の京都府南丹市園部町)近くに生まれ、はじめ南画を学び、その後、六角堂能満院の大願和尚のもとで仏画を学んだ。安政5年、世の中には本物そっくりに見える絵が ...

山水画の手法に西洋画的な写実味を加えた野村文挙

2026/9/4  

野村文挙(1854-1911)は、呉服屋「近宇」の子として京都府下京区に生まれた。14歳で浮世絵師の梅川東挙に入門したが、その翌年東挙が没したため、明治2年、四条派の塩川文麟に師事した。畿内の諸国を遊 ...

代々禁中絵師をつとめた原派の四代目・原在泉

2026/9/2  

原在泉(1849-1916)は、梶井宮近習・渡辺亭観の二男として京都に生まれ、10歳の時に代々禁中絵師をつとめていた原派の三代目・原在照の養子となり、養父から画法を学んで四代目を継ぎ、13歳から御用に ...

遅咲きながらも四条派の正系として活躍した森川曽文

2026/8/31  

森川曽文(1847-1902)は、京都に生まれ、はじめ友禅の下絵を描いていたが、20歳の時に前川五嶺に絵の手ほどきを受け、一年余りののち、本格的に画家を志して江州八幡の長谷川玉峰に師事した。この際、画 ...