
雲谷等顔「梅に鴉図襖」(6面の内)重文 京都国立博物館蔵
雲谷派は、雲谷等顔を祖とする水墨画系の画派で、雪舟の流れを汲むとされる。祖の等顔は、山口の毛利家に仕え、輝元から毛利家秘蔵の雪舟筆「山水長巻」と、雪舟のアトリエ「雲谷庵」を与えられ、晩年を山口で過ごした雪舟の遺風を守ることを第一の使命としたと伝わっている。
中央画壇とは一線を画した地方画派的存在だったが、その初期にあっては中央の画派にもひけをとらない業績を残した。画風は、雪舟様式を忠実に保守する傾向が強かったが、水墨の領域に終始せず、彩色による人物画や花鳥画も描いた。大画面に描かれた雄大な自然景観は、武家の美意識にも合致したと思われる。
雲谷等益(1591-1644)うんこく・とうがん
→雪舟の後継者・雲谷派の系譜
→近世前期の広島画壇で主流として活躍した雲谷派
京都(69)-画人伝・INDEX
文献:桃山時代の美術、日本美術絵画全集・第11巻







