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古曳盤谷門下の三筆、藤森桂谷・窪田松門・丸山素屋
2023/4/29
藤森桂谷「南瓜之図」 古曳盤谷は松本の飯田町に寄寓し、医業のかたわら南画や漢詩文の家塾を開き、多くの門人を育てた。主な門人としては、啓蒙運動家として活動し、国民教育の先覚者でもあった藤森桂谷、自由民権 ...
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中信地方に南画を本格的に紹介した古曳盤谷
2021/9/8
古曳盤谷「三皇・楼閣山水図」(三幅対) 古曳盤谷(1807-1885)は、伯耆国会見郡榎大谷(現在の米子市榎原)に生まれた。父盤嶺は医者で儒者だったが、文武両道に秀でており、盤谷は父から医術、漢学のほ ...
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松本における近代日本画の基礎を築いた仙石翠淵
2021/9/3
仙石翠淵「養蚕の図」 仙石翠淵(1801-1885)は、筑摩郡埴原村(現在の松本市中山)に生まれた。生家は、胡桃澤膏薬本舗として近郷に知られていた。幼いころから書画を好み、独学で画を学んだが、49歳の ...
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飯山で児玉果亭ら多くの門人を育てた佐久間雲窓
2021/8/31
佐久間雲窓「花鳥図」(双幅) 佐久間雲窓(1801-1884)は、飯山藩士の家に生まれ、その後、藩の吟味役をつとめた。幼いころから画を好み、30歳頃、藩主の参勤交代に随行して江戸に上り、許可を得て谷文 ...
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上尾に私立聖堂を建立した飯山の画僧・武田雲室
2021/8/30
武田雲室「梅花図」 武田雲室(1753-1827)は、飯山愛宕町の浄土真宗本願寺派三枝山光蓮寺で武田恵隋の長男として生まれた。光蓮寺は、武田信玄の弟・武田信繁の孫にあたる武田正善が開基したと伝えられて ...
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近世の信州を代表する画人・佐竹蓬平と鈴木芙蓉
2021/8/28
左:佐竹蓬平「伯牙弾琴図」 右:「伯牙絶弦図」 佐竹蓬平(1750-1807)と鈴木芙蓉(1749or1752-1816)は、ともに飯田の近郊・伊賀良の里に生まれ、年齢も近く(芙蓉の生年には2説ある) ...
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松代藩の閨秀画家・恩田緑蔭
2021/8/26
恩田緑蔭「写生集壱」 恩田緑蔭(1819-1874)は、松代藩で活動した女性画家で、松代藩士・四代恩田織部(恩田民正)の長女として生まれた。恩田織部の家は、代々二百石を継承する比較的裕福な家で、初代の ...
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葡萄和尚と称し後半生を信州諏訪で過ごした天龍道人
2021/8/10
天龍道人「葡萄図」 天龍道人(1718-1810)は、肥前鹿島藩の庶子に生まれたが家老の子として育てられ、14歳の時に藩主の継嗣候補となったがそれもかなわず、藩主の逆鱗に触れて一家は改易浪人として配処 ...
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中村蘭林ら旧塩山市の南画家
2021/7/5
中村蘭林「玉堂富貴図」山梨県立美術館蔵 旧塩山市(現在の甲州市塩山)出身の明治期の南画家としては、甲府の竹邨三陽に学んだ村田昆棟、古屋栞雅らがいる。二人は明治15年の第1回内国絵画共進会に出品するとと ...
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各地を遊歴して画技を磨き名を高めた三枝雲岱
2021/7/5
三枝雲岱「囲碁図」山梨県立美術館蔵 山梨県巨摩郡浅尾新田(現在の北杜市明野)に生まれた三枝雲岱(1811-1901)は、14歳の時に蔵原村の三光山宝原寺の三枝家の養子になり、22歳で住職となった。幼い ...
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山梨の近代南画の先駆者・竹邨三陽
2021/7/5
竹邨三陽「春暉暁艶図」山梨県立美術館蔵 甲府の医師の家に生まれた竹邨三陽(1799-1857)は、青年期に藩校で友野霞舟らから文人としての教養を受け、のちに尾張名古屋へ遊学して山本梅逸、中林竹洞に師事 ...
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近世日本の篆刻界で「印聖」と称された高芙蓉
2021/7/5
高芙蓉「静釣図」山梨県立美術館蔵 日本の篆刻は、明王朝滅亡に際して中国から亡命した黄檗禅僧によってもたらされ、17世紀中期以後に長崎に渡来した独立性易、東皐心越を祖に形成されたとされる。装飾的な技巧を ...
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日本南画の先駆者のひとり・柳沢淇園
2021/7/5
柳沢淇園「睡童子図」 大和郡山藩で柳沢吉里・伊信の二代に任えた柳沢淇園(1703-1758)は、早熟多才で、なかでも画才に恵まれ、8、9歳頃から狩野派を学んでいたが、12、3歳の時には狩野派を骨髄を得 ...
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小室翠雲に学んだ上州の南画家
2021/7/5
岡田晴峰「仙山瑤濤」 日本南画院の創立に参加するなど南画の普及につとめた小室翠雲は、明治36年、自宅に私塾「環堵画塾」を開設し、門人を集めて南画の技法を教えた。同塾解散後の昭和15年には、新旧門下生を ...
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南画から写実を経て魚類画に新境地を拓いた岸浪百艸居
2021/7/5
岸浪百艸居「岩と流れ(俯瞰構図)」 南画家・岸浪柳渓の二男として館林に生まれた岸浪百艸居(1889-1952)は、3歳の時に両親の離婚により父柳渓とともに金沢に移り住んだ。金沢では伯母夫妻に預けられて ...
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田崎草雲に学び伝統的南画を描いた岸浪柳渓
2021/7/5
岸浪柳渓「陶淵明帰去来・弾琴図」 岸浪柳渓(1855-1935)は、仙台藩士の医師・岩浪広盟(謙輔)の三男として、江戸下谷に生まれた。幼いころ、風疹と麻疹のため聴力を失った。10歳の時から5年間を仙台 ...