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UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

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但馬城崎温泉に生まれ諸国の景勝地を訪ねた斎藤畸庵

2024/1/26  

但馬国城崎温泉の旅館「伊勢屋」の長男として生まれた斎藤畸庵(1805-1883)は、幼少時に父を亡くし、耳を悪くするなかで早くから詩文に親しみ、15歳の時に京都に出て中林竹洞に南画を学んだ。師の没後は ...

森派を継いで幕末期の大坂画壇で活躍した森一鳳

2024/1/24  

森一鳳(1798-1871)は、播州吉田村の出身と伝えられている。大坂に出て森徹山の門に入り、その画技を認められて24歳の時に娘婿となって森派を継ぎ、家風を守って幕末期の大坂画壇で活躍した。 森派は、 ...

江戸で殺人を犯し逃亡先の長崎で画を学んだ島琴陵

2024/1/22  

島琴陵(1782-1862)の前半生はよく分かっていないが、もと南部藩士で、江戸で人を殺して出奔し、逃亡先の長崎で来舶清人らと交遊して画を学んだと伝わっている。長崎派の写実的な花鳥画を得意とし、その画 ...

抱一の後継者として画房・舫雨華庵を継いだ酒井鶯蒲

2024/12/11  

酒井抱一によって江戸に定着した光琳様式は、洗練の度を加えて江戸琳派に発展した。抱一のもとには作画の注文が殺到し、抱一の住居兼画房の「雨華庵」には、早世した一番弟子の鈴木蠣潭の跡を継いだ鈴木其一をはじめ ...

市川其融ら鈴木其一の流れを汲む画人

2024/1/17  

酒井抱一の実質的な後継者となった鈴木其一は、抱一没後に自ら願い出て酒井家に一代絵師として仕えた。しかし、表向きは酒井家の御用絵師だったが、パトロンを得ることも認められていたようで、酒井家だけでなく蜂須 ...

抱一と交わり俳諧もよくした茶屋の主人・松本交山

2024/1/15  

松本交山(1784-1866)は、江戸深川の富岡八幡境内の二軒茶屋の一軒「松本」の主人だったが、家業を弟に譲り、境内に別宅七草庵を構え、祝髪して亀交山とも称した。画を谷文晁に学び、ついで酒井抱一に師事 ...

鈴木鶏邨、田中抱二ら抱一工房を支えた門人たち

2024/1/12  

酒井抱一の門人としては、最初期の弟子である鈴木蠣潭、江戸琳派様式の拡大に貢献した鈴木其一、其一と並び称される高弟の池田孤邨らが知られているが、ほかにも寡作ながら抱一の画風をよく伝えている鈴木鶏邨、抱一 ...

抱一没後に江戸琳派様式の拡大に貢献した鈴木其一

2024/12/11  

酒井抱一の最初期の弟子である鈴木蠣潭(1792-1817)は、酒井家家臣として抱一の付人をつとめ、抱一の身の回りの世話をしながら画業も手伝っていた。26歳で急逝したため残っている作品は少ないが、優れた ...

江戸琳派と呼ばれる独自の画風を確立した酒井抱一

2024/12/11  

酒井抱一(1761-1829)は、徳川家重臣の名門大名家である酒井家の15代家主忠恭の二男として江戸神田小川町の酒井家別邸に生まれた。代々風雅を愛した酒井家にあって、抱一も幼いころから俳諧や書画をたし ...

風雅を好んだ姫路藩主・酒井宗雅

2024/1/5  

酒井宗雅(1755-1790)は、名を忠以といい、姫路藩主酒井忠恭の嫡子・酒井忠仰の長男として姫路藩の江戸藩邸に生まれた。酒井抱一の兄にあたる。父の忠仰が早世したため、祖父の忠恭の養子となり、明和9年 ...

源氏流いけばなを創始し一世を風靡した千葉龍卜

2023/12/29  

千葉龍卜(不明-1800or1808)は、播州赤穂有年原(現在の赤穂市有年原)の明源寺に生まれた。華道を本業とし、京都・大坂を経て江戸に出て「源氏流いけばな」を創始して一世を風靡した。画も巧みで、江戸 ...

播州赤穂の近代画人・長安義信

2023/12/27  

長安義信(1788-1868)は、幼少のころ大坂で土佐派の画人・佐野龍雲について画を学んだ。40歳の時に法橋に叙され、赤穂に戻って花岳寺の門前に住んだ。土佐派以外にも狩野派、写生画派などさまざまな画風 ...

播州龍野の円山派・山村翠谷

2023/12/25  

外内松意ら龍野藩につかえた狩野派の絵師に対し、山村翠谷(1787-1850)は、若いころに京都に遊び、円山派を学んだ。一説には応挙門下十哲のひとり・奥文鳴に師事したという。家は代々播磨国揖東郡中井村( ...

龍野藩脇坂家お抱え絵師・外内松意

2023/12/22  

外内松意(不明-1815)は、播州龍野(現在の兵庫県たつの市の一部)の狩野派で、脇坂家お抱え絵師をつとめた外内家の初代である。藩に絵の修業を命じられ、江戸で長府藩御用絵師の二代笹山養意に師事した。 松 ...

明石の近世画人・岡田東虎と林半水

2023/12/20  

岡田東虎(1755-1822)は、明石城下西本町(現在の明石市)の旅宿「井筒屋」の子として生まれた。はじめ西宮の勝部如春斎に学び、福原五岳にもつき、のちに大坂の狩野派・吉村周山にも学んだという。人物や ...

渡辺崋山を破門した師として広く名が知れ渡った白川芝山と淡路の近世画人

2023/12/18  

白川芝山(1758-1850)は、淡路国三原郡金屋村(現在の洲本市金屋)の代々酒造業を営む裕福な家に生まれた。はじめ書を学び、唐代の張旭を手本とした。画の師は不明だが、残された作品からすると、画題によ ...

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昭和59年(1984)、田中一村(1908-1977)が奄美大島で没して7年後、NHK教育テレビ「日曜美術館」で「黒潮の画譜~異端の画家・田中一村~」と題して一村の画業が紹介され、大きな反響を呼んだ。 ...

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室町水墨画の最高峰・雪舟

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