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UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

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大画制作に取り組み、根付彫刻も得意とした吉村周山

2024/8/26  

近世の大坂画壇では、橘守国の橘派、大岡春卜の大岡派とともに、吉村周山の吉村派が活躍した。吉村派の祖・吉村周山(1700-1773)は、狩野派の牲川充信に学び、狩野派の骨法を墨守して大画制作に取り組み、 ...

江阿弥ら大岡春卜の跡を継いだ大岡派の画人

2024/8/23  

大岡春卜の跡を継ぎ、大岡派と称された画人としては、幼いころから春卜に学び画才を認められて養嗣子となった大岡春川をはじめ、江阿弥と号した大岡春卜、須賀蘭林斎、春川の長男・嘯川らがいる。 江阿弥(1693 ...

伊藤若冲、木村蒹葭堂の最初の師として知られ、京都・大坂の画家たちに大きな影響を与えた大岡春卜

2024/8/21  

橘守国と前後して出た大岡春卜(1680-1763)も、享保5年出版の『画本手鑑』をはじめ、多くの絵本類を手掛けるとともに、広域にわたって作品を残している。 特定の師をもたなかったとされるが、『画本手鑑 ...

近世大坂画壇の胎動期に多くの絵本を手掛けた橘守国

2024/12/11  

近世大坂画壇の胎動期、狩野派系の画家たちがその形成に大きな役割を果たした。主は画家としては、橘守国、小柴守直、牲川充信らがおり、彼らはみな狩野探幽門下の鶴沢探山の門人で、なかでも橘守国(1679-17 ...

奈良県美術協会の結成に参加した洋画家

2024/8/9  

昭和16年、奈良洋画会、東台会、奈良美術家連盟の3団体が統合して奈良県美術協会が結成され、第1回展が開催された。これにより奈良の美術界がひとつにまとまった。協会には、日本画、洋画、彫塑、工芸の各部が設 ...

高田洋画会を興し後進の指導につとめた野沢寛

2024/8/7  

野沢寛(1908-2001)は、奈良県大和高田市に生まれ、大阪美術学校で学んだ。在学中から槐樹社展、大阪市展などに出品し、卒業後は東光展に出品し受賞を重ねて会員となり、文展にも入選した。戦後は、東光展 ...

奈良美術家連盟の創立に参加した奈良の洋画家

2024/8/2  

昭和7年、二科会の新進画家だった田中修と下瀬貞和が美術教師として相次いで奈良を訪れ、彼らを中心に新しい動きが起こった。これに二科会、独立美術協会、帝展などに出品していた奈良県内の若い画家たちが集まり、 ...

抽象表現を経て奈良の穏やかな風景を描いた花野五壌

2024/7/26  

花野五壌(1906-1981)は、奈良県五條市須恵に生まれた。東京美術学校卒業後は、文展、一水会展に出品し、昭和19年には奈良県美術協会展に出品し、受賞して会員となった。 戦後は厚塗りと対象の単純化に ...

司馬遼太郎『街道をゆく』の挿絵を担当した須田剋太

2024/7/24  

須田剋太(1906-1990)は、埼玉県吹上町(現在の鴻巣市)に生まれ、ほぼ独学で洋画を学んだ。30歳の時に文展に初入選し、昭和14年には同展で特選となった。昭和16年関西に移り、戦時中は奈良の新薬師 ...

東大寺の散華、絵馬の図案を長くつとめた杉本健吉

2024/7/22  

杉本健吉(1905-2004)は、浄瑠璃三味線の師匠の子として愛知県名古屋市に生まれた。愛知県立工業学校図案科卒業後は、岐阜の織物商などで図案を担当していたが、昭和2年に独立してデザイン事務所を開設、 ...

放浪の果てに餓死した木版画の鬼才・谷中安規

2024/7/19  

谷中安規(1897-1946)は、奈良県磯城郡初瀬村(現在の桜井市初瀬)に生まれた。6歳の時に母を亡くし、京城(現在の韓国ソウル市)で洋品雑貨店を開業していた父に連れられ13歳で朝鮮に渡ったが、その後 ...

未来派美術協会を創設し日本の前衛美術運動の先駆的な役割を果たした普門暁

2024/7/17  

普門暁(1896-1972)は奈良市に生まれ、生後間もなく東京に移った。少年期は東京蔵前高等工業学校で建築意匠を学んでいたが、やがて絵画を志すようになり、同校を中退して川端画学校に入り日本画を学んだ。 ...

油彩を離れ彩漆画の研究と制作に専念した松岡正雄

2024/7/15  

松岡正雄(1894-1978)は、奈良県宇陀郡榛原町(現在の宇陀市)に生まれた。奈良師範学校在学中の明治45年に設立された日本洋画協会の奈良支部長をつとめ、奈良から洋画を志す画家たちの目標とされたとい ...

各地を転々とし追憶の風景を描き続けた不染鉄

2024/7/5  

不染鉄(1891-1976)は、東京小石川の光円寺住職の子として生まれた。浄土宗の名門・私立芝中学校に入学したが、素行不良のため放校となり、攻玉社中学校に転校したが、中学卒業後も進路が定まらず、少年の ...

最初期の奈良の洋画教育者・岡本六二

2024/7/3  

大正12年から畝傍中学校などで教鞭をとった岡本六二(1886-1975)は、最も初期の奈良の洋画教育者の一人で、実技指導では山本鼎が提唱した自由画教育を取り入れ、幻燈(スライド)を使っての講義は、印象 ...

昭和初期の奈良洋画界を形成していった移住画家たち

2024/7/1  

昭和初期の奈良洋画界は、濱田葆光や山下繁雄をはじめ、小見寺八山や新井完、春陽会などに所属した若山為三(1893-1961)、二科展や一水会展に出品した小野藤一郎(1898-1958)ら、大正期以降に次 ...

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室町水墨画の最高峰・雪舟

岡山の画家として最初に名前が出るのは、室町水墨画壇の最高峰に位置する雪舟等楊(1420-1506)である。狩野永納によって編纂された『本朝画史』によると、雪舟の生誕地は備中赤浜(現在の総社市赤浜)で、 ...

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