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UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

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新着記事

水墨画にも多くの傑作を残した琳派の祖・俵屋宗達

2026/3/9  

琳派の祖として知られる俵屋宗達(不明-不明)は、桃山末期から江戸初期に活躍したことが知られるが、その詳細な伝記は明らかではなく、生没年も分かっていない。断片的な情報をつなぎ合わせると、京都の町衆の家に ...

住吉派から分家して板谷派を創設した板谷慶舟

2026/3/6  

板谷慶舟(広当)は、住吉派の住吉廣守の門人で、廣守に子がなかったため一時期住吉家を継いだが、子の広行が成長すると、広行に住吉家を継がせ、自身は板谷姓に戻して板谷派を創設した。その後剃髪して慶舟と名乗り ...

やまと絵系として初めて幕府御用絵師となった住吉派

2026/3/4  

住吉派は、江戸時代のはじめに住吉如慶が起こしたやまと絵の画派で、如慶は、土佐光吉、もしくは光則の門弟とされ、土佐派の中央画壇復帰に先んじて朝廷の御用をこなし、寛文2年、後水尾院、後西天皇の命で鎌倉時代 ...

幕末まで重要な地位を占めた近世土佐派の絵師

2026/3/2  

土佐派として1世紀ぶりに宮廷絵所預への復帰を果たした土佐光起の跡は、子の光成がその職を継ぎ、さらにその子光祐へと受け継がれ、その後も光芳、光淳、光時、光禄、光文と代々土佐家の父子によって継承された。ま ...

土佐派中興の祖と称された土佐光起

2026/2/27  

土佐光起(1617-1691)は、土佐光則の子で、父とともに泉州堺で活動していたが、18歳の時、土佐家の再興を目指す父とともに京都に移住した。22歳の時に父と死別したが、その後は和漢の画蹟を研究し、父 ...

晩年は京都に戻り絵所預復帰を目指した土佐光則

2026/2/25  

土佐光則(1583-1638)は、光吉の子と伝わっており、父とともに堺で活動した。父と同様に源氏絵の作品を多く残しているが、父の大画面方式とは対照的に小さな画面に緻密に描いた作品が多い。晩年は京都に移 ...

京都から堺に拠点を移し土佐派を引き継いだ土佐光吉

2026/2/23  

土佐派は、南北朝時代の藤原行光を祖として始まり、室町時代後期の土佐光信・光茂父子はそれぞれ半世紀にもわたり宮廷絵所預の職に就き、やまと絵の本流として重きをなした。しかし、光茂の子・光元が若くして戦死し ...

浮世絵の元祖とされる岩佐又兵衛を祖とする岩佐派

2026/2/20  

岩佐派は、近世初期にその奇想な画風でやまと絵系とくに風俗画の分野において注目すべき業績を残した。初代の又兵衛、2代の勝重、3代の陽雲以下、家系としても明瞭に記録されているが、その詳細な動向は的確につか ...

曾我直庵によって泉州堺で再興された曾我派

2026/2/18  

桃山時代を代表する画派としては、狩野永徳率いる狩野派を中心に、狩野派とは異なる視点で清新でみずみずしい画風をかかげた長谷川等伯の長谷川派、水墨画を基調とした力強く厳格な画風を特徴とした海北友松の海北派 ...

雪舟の後継者・雲谷等顔を祖とする雲谷派

2026/2/16  

雲谷派は、雲谷等顔を祖とする水墨画系の画派で、雪舟の流れを汲むとされる。祖の等顔は、山口の毛利家に仕え、輝元から毛利家秘蔵の雪舟筆「山水長巻」と、雪舟のアトリエ「雲谷庵」を与えられ、晩年を山口で過ごし ...

武人画家の気骨を表現した海北友松を祖とする海北派

2026/2/18  

海北派は、桃山時代に異彩を放った武人画家・海北友松にはじまる画派で、狩野派の装飾的で華麗な様式とは一線を画し、宗元画の影響を受けた水墨画を基調とした力強く厳格な画風を特徴とした。祖となる友松は、近江国 ...

狩野派を脅かした長谷川等伯率いる長谷川派

2026/2/11  

長谷川派は、長谷川等伯を祖とする漢画系の一派で、桃山時代、当時画壇の中心だった狩野派と競い合いながら、狩野派とはまた違った清新でみずみずしい画風をかかげた。豊臣家との関係も深く、京都を中心に独特の華や ...

写生画風を取り入れ京狩野に新生面を開いた狩野永良

2026/2/9  

京狩野4代・狩野永敬の子・永伯は、16歳の時に父を亡くし、京狩野5代を継いだ。はじめ父に画法を学んだのち、狩野宗家の中橋狩野9代主信について学び、瀟洒な江戸狩野様式の画風に接近した。永伯に男子はなく、 ...

温雅なやまと絵と奇矯な画風を使い分けた狩野永敬

2026/2/6  

狩野永敬(1662-1702)は、京狩野3代目の狩野永納の実子で、25歳の時に4代目を継いだ。初代・山楽、2代・山雪の代から京狩野の支持者だった九条家、同家と姻戚関係にあった二条家など有力公家の庇護を ...

日本初の美術史論『本朝画史』を完成させた狩野永納

2026/2/4  

狩野永納(1631-1697)は、狩野山雪の長子で、21歳の時に父・山雪が没し、京狩野を相続した。本家江戸狩野に対する痛切な対抗意識も引き継ぎ、逆にそのために父・山雪の怪奇様式を発展させることには慎重 ...

幾何学的な画面構成で異彩を放った狩野山雪

2026/2/2  

京狩野の祖・狩野山楽には、光教という実子がいたが若くして没したため、門人の山雪が娘婿となって狩野家に入った。九州肥前に生まれた山雪は、幼い時に父とともに大坂に移住したが、16歳の時に父を亡くし、山楽に ...

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室町水墨画の最高峰・雪舟

岡山の画家として最初に名前が出るのは、室町水墨画壇の最高峰に位置する雪舟等楊(1420-1506)である。狩野永納によって編纂された『本朝画史』によると、雪舟の生誕地は備中赤浜(現在の総社市赤浜)で、 ...

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