UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま東北地方を探索中。

「四君子(梅蘭竹菊)」 一覧

山形・村山地方の文人墨客の中心的存在だった細谷風翁

幕末から明治初期にかけて山形の文化の指導的役割を果たした細谷風翁は、山形市にあった真言宗宝幢寺の寺待宮城家に生まれ、十日町の医師・細谷玄琳の養子となり医師を継いだが、医業のかたわら漢学、武道、画業と幅 ...

仙台四大画家のひとり・南画の菅井梅関

仙台城下に生まれた菅井梅関は、早くから画才を発揮し、長じて仙台来訪中の画家・根本常南に師事して本格的に画の修業を始めた。その後は、家業を弟にまかせて、瑞鳳寺の僧・南山古梁をめぐる文化サークルのなかで成 ...

我謝盛保(毛世輝)をはじめとした南宗画の流れを汲む絵師

王朝末期になると、以前のような華やかな画風は影をひそめ、我謝盛保(毛世輝)、豊平良全(馬執宏)ら南宗画の流れを汲む画家たちが出てくる。さらに、廃藩置県後の沖縄は社会的に混乱し、庶民の生活も苦しくなり、 ...

墨梅図ばかりを描いた有川梅隠と賛を寄せた書家の鮫島白鶴

江戸後期の薩摩画壇での異色の存在として有川梅隠(1771-1852)がいる。梅隠は、薩摩藩士の子として生まれ、幼いころから画を好み、明時代の画法にならって独学で絵を描いた。もっぱら墨梅図を描いたと伝え ...

木挽町狩野家・狩野常信に学んだ薩摩の絵師

江戸前期から中期にかけて、多くの薩摩の絵師が江戸に出て木挽町狩野家当主・狩野常信の門に学んでいる。諸文献に登場する絵師を合わせると、竹之下信成、坂本常以、財部常之、徳田常房、藤崎常興、安山親信、宮路惣 ...

田能村竹田と豊前中津の雲華上人

雲華上人(1773-1850)は、姓を末広(弘)といい、豊前国中津の正行寺第十六世住職をつとめた僧である。江戸後期の東本願寺教学の最高学職である講師をつとめ全国を遊説する一方で、田能村竹田(1777- ...

幕末の異色の南画家・藤本鉄石

藤本鉄石(1816-1863)は、備前に生まれ、25歳のときに脱藩して京都に移り住み、やがて尊皇攘夷思想に共鳴し、文久3年、天誅組を組織して総裁となり、大和で倒幕の兵を挙げ、大和十津川で戦死した。一方 ...

伊予南画の先駆者・吉田蔵澤、正岡子規も愛した竹の名手

伊予南画の先駆的な存在としては吉田蔵澤(1722-1802)があげられる。蔵澤が長崎南画との出会いによって墨竹を始めたころは、ちょうど池大雅や与謝蕪村らによる日本南画の黎明期にあたり、蔵澤の先駆性はは ...

幕末の三筆・貫名海屋

市河米庵・巻菱湖とともに幕末の三筆にかぞえられる貫名海屋(菘翁)は、阿波徳島藩の旧家で藤原鎌足以来の系譜を持つ小笠原流の礼方家であった吉井家の二代目当主・直好と藩御用絵師・矢野常博の娘との間に二男とし ...

南画家として活躍した大垣の漢詩人・思想家

美濃地方での南画家の動向を地域的にみると、第一世代の南画家は西美濃地方から多く出ている。大垣では江馬細香をはじめ、梁川星巌、梁川紅蘭ら漢詩人や思想家たちが南画家として活躍した。これは当時の大垣を中心と ...

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