UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま北関東地方を探索中。

「宗教画」 一覧

信仰と作画が一体化した作品を残した野津無人相菩薩

江戸後期に入っても、薩摩では依然として狩野派が大きな勢力を占めていたが、そのなかにあって、いずれの画派にも属さない画人として野津無人相菩薩(1726-1797)がいる。野津無人相菩薩は、薩摩藩士の子と ...

秋月等観の弟子と伝わる日向人の画僧・等坡

秋月等観の弟子と伝わっている画人で、等碩の次に現存作品を見ることのできる人物に等坡がいる。等坡は室町時代後期に活躍した画僧で、桃山時代に雪舟流の系譜をまとめた「画師的伝宗派図」には、日州人と記され、秋 ...

佐土原藩の絵師・狩野永諄

佐土原藩では狩野永諄(1652-不明)が絵師としてつとめた。永諄は佐土原藩の家臣ではなく、絵師として招かれて佐土原に来た人物と思われる。作品は、佐土原町の大光寺に残っている「出山仙」「維摩居士図」など ...

肥後の画僧・豪潮と宇土藩主・細川月翁

肥後出身の天台宗の高僧・豪潮(1749-1835)は、書画もよくした。豪潮は天台宗の僧だが、その画題には、禅宗的(釈迦三尊や羅漢図)なものが多くみられる。これは豪潮が交友した珍牛や仙崖ら禅僧の影響と思 ...

狩野探幽門下四天王と称された尾形家2代守義と狩野姓を許された3代守房

福岡藩の御用絵師はすべて狩野派で、尾形家、衣笠家、上田家の3家が代々世襲で家督を継いだ。他にも、熊本氏、小森氏、佐伯氏、笠間氏など一代限りまたは随時に抱えられたと思われる絵師も少なくない。最も高禄だっ ...

森鴎外と原田直次郎

明治の文豪・森鴎外(津和野町生まれ、1862-1922)は、陸軍軍医、小説家、翻訳家など多方面で活躍したが、美術においても大きな足跡を残している。軍医だった鴎外が美術と深く関わるようになったのは、衛生 ...

狩野芳崖へと続く長府狩野派の系譜

江戸末期から明治期にかけて、伝統的な狩野派に西洋画の技法を取り入れ、新しい日本画の創造に情熱を注いだ狩野芳崖(1828-1888)は、長府藩御用絵師の家系に生まれた。長府藩狩野家の祖は、毛利綱元に江戸 ...

春木南湖と讃岐の門人

谷文晁(1763-1840)と並び、「天下の二老」と称された春木南湖(1759-1839)は、伊勢国長島藩主・増山雪斎に抱えられ、その援助で京都、大坂、長崎に遊学しており、その折に讃岐に足を運んだもの ...

土佐派の流れを汲む画僧・鶴洲と讃岐の土佐派

讃岐において、狩野派の画僧・實山と並び称されるのが、土佐派の流れを汲む画僧・鶴洲である。後年の活動から鶴洲を土佐派の画人とするには異論もあるが、鶴洲は、住吉派の祖である住吉如慶の子であり、住吉具慶の弟 ...

徳島藩船絵師・森崎家と資料

森崎家は、徳島藩蜂須賀家に仕えた狩野派の絵師だったが、森崎桃春・春潮父子の時に、蜂須賀斉昌の意向で住吉派に転向した。その森崎家が伝えてきた粉本類が、徳島県立博物館に「森崎家資料」として収蔵されており、 ...

Copyright© UAG美術家研究所 , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.