史跡・名勝

狩野探幽門下四天王のひとり、会津藩御用絵師・加藤遠澤

2019/9/11  

加藤遠澤「富岳図」 会津藩絵師の加藤遠澤(1643-1730)は、幼いころから雪舟の画風を志し、保科正之が会津藩主になった際には茶坊主となり、藩絵師の棚木良悦に絵の手ほどきを受けた。19歳で狩野探幽に ...

広大な土地を自ら耕し自給自足の生活を理想とした京都大原の画仙人・小松均

2020/4/26  

小松均「赤富士」 山形県大石田町に生まれた小松均(1902-1989)は、画家を志して18歳の時に上京、新聞配達をしながら川端画学校に通って日本画を学んだ。大正13年第4回国画創作協会展に入選、これが ...

大地震で隆起する前の「象潟」を描いた本荘画工の始祖・牧野永昌

2019/6/19  

牧野永昌「象潟図屏風」(上:右隻、下:左隻)秋田県指定重要文化財 本荘藩御用絵師の初代である牧野永昌(1747-1823)は、秋田狩野の祖とされる狩野定信とは別系統に属する狩野派の絵師で、いわゆる本荘 ...

仙台の浮世絵師・熊耳耕年

2019/7/16  

熊耳耕年「芭蕉の辻図」左端の店先が少し見えるのが、耕年の生家である仕立屋の大澤屋。そこにいる幼児が耕年自身。 仙台・芭蕉の辻の一角に店を構える仕立屋・大澤屋の二男として生まれた熊耳耕年は、裕福な幼年時 ...

十和田湖に魅せられてその紹介に尽力した鳥谷幡山

2019/7/17  

白籠巖頭之眺臨 鎧嶋虹影 七戸町に生まれた鳥谷幡山(1876-1966)は、函館にいた兄を頼って函館商業学校に入り、当時函館に来ていた寺崎広業と出会い、学校を中退して上京、広業に師事した。幡山が、愛し ...

平尾魯仙の高弟・三上仙年

2019/7/17  

三上仙年「暗門之滝」 平尾魯仙の門人たちによって、明治期の津軽の日本画は大きな進展を遂げるが、なかでも高弟といわれた三上仙年と工藤仙乙は、明治30年代に弘前絵画会という日本画団体を設立し、弘前における ...

幕末維新期の津軽画壇をリードした平尾魯仙

2019/7/17  

平尾魯仙「安門瀑布紀行」のうち「暗門滝」宮内庁書陵部蔵 毛内雲林と松宮岱陽によって津軽に広められた南画は、松山雲章、工藤五鳳に引き継がれ、その門人たちによってさらに広められていった。なかでも平尾魯仙の ...

放浪の画人・蓑虫山人が描いた明治の青森

2019/7/17  

蓑虫山人「東津軽郡蟹田において野宿」 幕末から明治にかけて全国を放浪した画人・蓑虫山人(1836-1900)は、美濃国(現在の岐阜県)に生まれ、14歳で故郷を出て全国を歩き、各地に足跡を残している。旅 ...

津軽各地の情景を描いた儒者・百川学庵

2019/7/17  

百川学庵「鏡池春景之図」弘前市立博物館蔵 儒者の家系に生まれた百川学庵(1799-1849)は、儒学、詩文にすぐれ、画は江戸で谷文晁に学んだ。学庵の父親・百川玉川は、江戸で太田錦城に学び、21歳で藩校 ...

八戸に俳画を広めた浮世絵師・魚屋北渓

2019/7/17  

魚屋北渓「諸国名所(駿州大宮口登山)」 八戸藩七代藩主・南部信房は、風雅を愛し、俳人としてもよく知られた。信房の周辺には狩野派の絵師や浮世絵師が出入りしていたが、八戸藩の家臣の家禄をまとめた「身帯帳」 ...




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