南画・文人画家

尾張南画の変質期

2019/5/25  

山田宮常「花鳥図」 丹羽嘉言らによって誕生した尾張南画だが、天明6年に嘉言が45歳で死去すると、尾張南画は新たな展開を迎えることとなる。南画ばかりでなく、当時の学問や文学にまで大きな影響を残した嘉言だ ...

尾張南画の草創期

2019/5/25  

丹羽嘉言「神洲奇観図」 名古屋を中心とする尾張地方の南画は、江戸中期の明和年間に始まり、幕末・明治に至るまで多彩な展開をみせた。日本南画の創始に重要な役割を果たした彭城百川(1697-1752)も名古 ...

東三河における小華門(2)

2019/5/25  

大河戸晩翠「秋窓清供図」 大河戸晩翠 弘化2年2月12日吉田指笠町生まれ。真宗高田派願成寺の住職・福沢諦聞の四男。名は挺秀、幼名は霊台、字は守節。別号に梅笠、六聰散人、吉祥山人、馴雀園などがある。安政 ...

東三河における小華門(1)

2019/5/25  

渡辺小華「花鳥図」 明治7年に渡辺小華が豊橋に移り住み、従来の石峰・文笠一門であった画家たちも南画一色となり、小華門は最盛期を迎える。小華門下では、遠江の山下青、豊橋の深井清華、大河戸晩翠、稲田耕山 ...

崋椿系が根付く前の東三河画壇(2)

2019/5/25  

鈴木拳山「竹鶏図」 星野田斉 関東地方の出身で、文久、慶応の頃に吉田に足を止め、本町の金子家に長く滞在した。別号に天福道人ある。鉄筆画を得意とした。 土井平所 御油の問屋役で、通称は竹屋権四郎、別号に ...

大正から昭和初めにかけての遠州画人

2020/3/1  

前田靄斎「青緑山水図」 大正から昭和初めにかけて、山下青厓ら崋椿の流れをくむ渡辺小華門下をはじめ、遠州に縁のあった川村雨谷門下や、松林桂月門下、小室翠雲門下、竹内栖鳳門下など様々な師系の日本画家が活躍 ...

小華へと続く崋椿の流れ

2019/5/25  

渡辺小華「渉園九友図」 多くの崋山・椿山門下生を輩出している遠州画壇にあって、渡辺崋山の子であり、崋山没後は福田半香がひきとり椿椿山が指導した渡辺小華へと流れが続いていくことは自然なことだった。遠州画 ...

自適にして名を求めず・中村生海

2019/5/25  

平井顕斎「楼閣山水図」 平井顕斎は、福田半香と並び称されながらも、画壇にあって不遇であり門弟に恵まれたともいえない。顕斎の門弟は出生地の川崎地方と浜松地方に多く、浜松に思斎の子、樋口如璋、曳馬村に中村 ...

遠州における椿山門下

2019/5/25  

椿椿山「歳寒僊品図」 明治に入り、渡辺崋山門下によって培われた南画全盛の気運が、この期に結実したとみられる盛況をみせた。椿椿山の門下では、吉田柳蹊、大草水雲、望月雲荘の三人が名をなすが、いずれもネット ...

遠江南画の全盛

2019/5/25  

渡辺崋山「蘆汀双鴨図」 文晁に次いで、さらに遠江と深い関係にあったのが渡辺崋山である。崋山門下として椿椿山と並んで双璧といわれた福田半香、さらに平井顕斎が出るにいたって、遠江の南画は全盛を迎えた。半香 ...




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