画人伝・長野

近世の信州を代表する画人・佐竹蓬平と鈴木芙蓉

2021/8/28  

左:佐竹蓬平「伯牙弾琴図」 右:「伯牙絶弦図」 佐竹蓬平(1750-1807)と鈴木芙蓉(1749or1752-1816)は、ともに飯田の近郊・伊賀良の里に生まれ、年齢も近く(芙蓉の生年には2説ある) ...

松代藩の閨秀画家・恩田緑蔭

2021/8/26  

恩田緑蔭「写生集壱」 恩田緑蔭(1819-1874)は、松代藩で活動した女性画家で、松代藩士・四代恩田織部(恩田民正)の長女として生まれた。恩田織部の家は、代々二百石を継承する比較的裕福な家で、初代の ...

ペリー応接に同席し写生した松代藩医師・高川文筌

2021/8/25  

高川文筌「米利堅人等写真図」 嘉永6年(1853)、ペリー率いるアメリカ艦隊が浦賀に現れると、松代藩は品川に設けられた台場の警衛を担当し、翌7年のペリー再来航でも、横浜に設けられた応接場の警衛を小倉藩 ...

松代藩御用絵師・大島芳暁斎と大島家三代

2021/8/23  

左:大島芳暁斎「黄石公図」、右:大島芳暁斎「張良図」 三代にわたって松代藩の絵師をつとめた大島家の初代・大島芳雲斎(1766-1840)は、天明年間に江戸に出て木挽町狩野家に入門した。この時期は、松代 ...

松代藩御用絵師・三村晴山

2021/8/20  

三村晴山「養老の滝」 松代藩に任えた絵師として記録上最も早く登場するのは、三村自閑斎(不明-不明)である。自閑斎は、一郎平と名乗り、藩評定所の絵図書をつとめていたとされ、現在残る作品も絵図に類するもの ...

信州小県郡で「田舎探幽」と呼ばれた秦燕恪

2021/8/18  

秦燕恪「異国人狩猟図」 秦燕恪(1732-1799)は、小県郡和田村(現在の小県郡長和町)に生まれ、はじめは狩野玉燕の作風を慕って私淑したが、のちに江戸に出て木挽町狩野家六代目の狩野栄川院典信の門に入 ...

画才をねたまれ毒殺されたと伝わる狩野永琳

2021/8/16  

狩野永琳「四季花鳥図」龍光院蔵 狩野永琳(1767-1808)は、信濃国小県郡西前山村(現在の上田市西前山)に農家の二男として生まれた。経歴は不明な点が多く、作品も数点しか確認されていない。少年の頃は ...

上田藩御用絵師・狩野永翁

2021/8/14  

狩野永翁「四季生花図」 上田藩御用絵師をつとめた狩野永翁(1731-1805)は、実名を勝信といい、生まれは奈須氏だった。奈須氏は絵師の家系で、代々江戸の中橋狩野家の門人となって狩野派の技法を学んだ。 ...

安曇野における狩野派の先覚・狩野梅二

2021/8/12  

狩野梅二「故事人物図」 信州安曇野に狩野派の絵師が登場するのは、江戸中期に入って宝永年間のことである。穂高町だけでも十指を数える絵師が記録に残っており、そのなかでも最も年代が古いのが狩野梅二(1704 ...

葡萄和尚と称し後半生を信州諏訪で過ごした天龍道人

2021/8/10  

天龍道人「葡萄図」 天龍道人(1718-1810)は、肥前鹿島藩の庶子に生まれたが家老の子として育てられ、14歳の時に藩主の継嗣候補となったがそれもかなわず、藩主の逆鱗に触れて一家は改易浪人として配処 ...




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