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江戸時代を中心に明治中頃くらいまでに活動していた各地の画家を調査し、都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。
江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。
2021/7/5
中丸精十郎「異国風景」山梨県立美術館蔵 日本における近代洋画は、安政3(1856)年に幕府によって開設された蕃書調所(東京大学の前身)から始まったとされる。ここで絵図調出役をつとめていた川上冬崖(18 ...
2021/7/5
三枝雲岱「囲碁図」山梨県立美術館蔵 山梨県巨摩郡浅尾新田(現在の北杜市明野)に生まれた三枝雲岱(1811-1901)は、14歳の時に蔵原村の三光山宝原寺の三枝家の養子になり、22歳で住職となった。幼い ...
2021/7/5
米山朴庵「威震八荒」 都留市出身の画人としては、旭岳麟、清水豊掌のほかに米山朴庵(1864-1928)がいる。朴庵は、山梨県南都留郡境村(現在の都留市境)に生まれ、滝和亭が下谷村の小池家に身を寄せてい ...
2021/7/5
旭岳麟「松鶴図屏風」(部分) 山梨県都留市は、古くから郡内地方の中心地として発展し、特に江戸時代前期には谷村藩の城下町として栄えた。幕府の直轄地となってからも葛飾北斎や松尾芭蕉をはじめ多くの文人たちが ...
2021/7/5
竹邨三陽「春暉暁艶図」山梨県立美術館蔵 甲府の医師の家に生まれた竹邨三陽(1799-1857)は、青年期に藩校で友野霞舟らから文人としての教養を受け、のちに尾張名古屋へ遊学して山本梅逸、中林竹洞に師事 ...
2021/7/5
高芙蓉「静釣図」山梨県立美術館蔵 日本の篆刻は、明王朝滅亡に際して中国から亡命した黄檗禅僧によってもたらされ、17世紀中期以後に長崎に渡来した独立性易、東皐心越を祖に形成されたとされる。装飾的な技巧を ...
2021/7/5
柳沢淇園「睡童子図」 大和郡山藩で柳沢吉里・伊信の二代に任えた柳沢淇園(1703-1758)は、早熟多才で、なかでも画才に恵まれ、8、9歳頃から狩野派を学んでいたが、12、3歳の時には狩野派を骨髄を得 ...
2021/7/5
柳沢吉里「武田二十四将図」柳沢文庫蔵中央上部に武田信玄、その下に信玄の主要な家臣を描いている。 柳沢吉保は、宝永6(1709)年に将軍綱吉が没すると、家督を子の吉里に譲り、以後は江戸駒込の六義園で隠居 ...
2021/7/5
柳沢吉里筆、柳沢吉保賛「寒山拾得図」公益財団法人郡山城史跡・柳沢文庫保存会蔵 甲斐国は、天正10(1582)年の武田氏滅亡後は、織田・豊臣期を経て、江戸時代には徳川家の領有となり、幕府の直轄あるいは甲 ...
2021/7/5
藤牧義夫「赤陽」東京国立近代美術館蔵 藤牧義夫(1911-1935)は、明治44年、群馬県邑楽郡館林町(現在の館林市城町)に生まれた。2歳の時に実母を亡くし、13歳の時には父親も病没した。さらに、16 ...
2023/9/27
志村立美「からっ風」 志村立美(1907-1980)は、群馬県高崎市の質店の長男として生まれたが、3歳の時に質店が倒産し、一家で東京の本所に移住した。しかし、すぐに暴風雨に見舞われ、その1年後には横浜 ...
2021/7/5
高橋光輝「六月の頃」 昭和8年、東京在住の群馬県出身の洋画家によって、群馬最初の洋画団体と思われる「群馬洋画家協会」が結成された。発起人には、金井烏洲のひ孫に当たる金井文彦をはじめ、横堀角次郎、小林猶 ...
2021/7/5
田中青坪「花による少女」熊本県立美術館蔵 田中青坪(1903-1994)は、明治36年に群馬県前橋市に生まれ、3歳の時に一家で東京の浅草に移り住んだ。幼いころから絵に興味を持ち、小学校5、6年の時には ...
2021/7/5
豊田一男「地球を喰う者」 豊田一男(1909-1989)は、明治42年北海道札幌市に生まれ、翌年、父親の転勤に伴って群馬県群馬郡倉淵村(現在の高崎市)に転居した。大正11年、旧制高崎中学校に入学、2級 ...
2021/7/5
福田貂太郎「『いくさのにはの人通り』口絵」 福田貂太郎(1903-1991)は、明治36年前橋市に生まれた。前橋市立桃井尋常高等小学校を5年1学期に中退してから、以後、正規の学校教育を受けることはなか ...
2021/7/5
鶴岡政男「重い手」東京都現代美術館蔵 鶴岡政男(1907-1979)は、高崎市砂賀町の建築金物製造を営む家に生まれた。親の転居に伴って兵庫、東京、高崎を転々としていたが、小学校5年生の時から東京で暮ら ...
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