円山四条派

四条派を学んだ杉野怡雲ら福山藩士

2021/7/9  

杉野怡雲 福山藩では藩士のなかに四条派を学んだものが多い。杉野怡雲(1791-1865)は家督を弟に譲り、京都に出て松村呉春、岡本豊彦に学んだ。帰郷後は城北丘上に住み、藩士・町人を問わず交遊し、詩酒や ...

広島藩の四条派・山田雪塘と門人

2021/7/9  

山田雪塘「秋景図」 広島藩の四条派としては、広島白島町に住んでいた町絵師・山田雪塘(不明-不明)が、松村呉春に学び、頼杏坪、菅茶山、飯田篤老ら多くの儒者や文人と交わり、彼らの讃のある作品を残している。 ...

浪華の美人画家・上島鳳山

2024/12/11  

上島鳳山「緑陰美人遊興之図」 小田郡笠岡村の辻家に生まれ、大阪の上島家を継いだ上島鳳山(1876-1920)は、円山派の西山完瑛らに師事し、動物画や美人画を得意とした。酒を愛する豪放磊落な性格で、身近 ...

岡山の四条派普及に大きく貢献した古市金峨と門人たち

2021/7/9  

古市金峨「花鳥図」 岡本豊彦の内弟子として学んだ古市金峨(1805-1880)は、岡山の四条派普及に大きく貢献した。金峨は児島郡尾原村(倉敷市)に生まれ、17、8歳の時に京都に出て岡本豊彦の門に入った ...

柴田義董の門人、小野雲鵬と大原呑舟

2021/7/9  

小野雲鵬「孔雀図」 柴田義董の岡山の門人としては、小野雲鵬(1796-1856)がいる。雲鵬は備中の生まれで、はじめ黒田綾山に手ほどきを受け、京都に出て同郷の柴田義董の門下となり、義董没後は岸駒にも学 ...

岡山の四条派、人物の柴田義董と山水の岡本豊彦

2021/7/9  

柴田義董「群仙図」 岡山の地からは、二人の円山派の大家が出ている。当時、四条派内で「人物は義董、山水は豊彦」と謳われ、京都の人気を集めた柴田義董(1780-1819)と岡本豊彦(1773-1845)で ...

讃岐の円山四条派

2022/9/3  

左:馬場景泉「日の出花鳥図」、右:森琴岳「青緑山水図」 讃岐における円山四条派の系譜をみると、まず安芸雲峰の名があげられる。雲峰は寒川郡津田の豪商の家に生まれ、寛政享和年間に活躍した。幼くして円山応挙 ...

円山四条派の流れを汲む伊予の画人

2021/7/9  

左:松本仙挙「鬼ケ城山之図」、右:河崎蘭香「東台の春」 森田樵眠によって伝えられた円山四条派の流れは、伊予の地に広まっていった。東宇和郡野村町に生まれた松本仙挙(1880-1932)は、京都市立美術工 ...

伊予に四条派を伝えた町絵師・森田樵眠

2021/7/9  

山本雲渓の活躍期に重なるように現れたのが、松山三津の町絵師・森田樵眠(1795-1872)である。樵眠については詳しい経歴は伝わっていないが、京都に出て岡本豊彦の門で学び、伊予の地に四条派の画風を初め ...

森狙仙門下の猿の画人二人・山本雲渓と大内蘚圃

2021/7/9  

左:山本雲渓「五匹猿図」、右:大内蘚圃「群猿」 藩の絵師として全盛を極めた狩野派や住吉派にかわり、江戸後期から末期にかけて新しい画境を切り開いたのは、長崎系南画の流れや円山派だった。今治藩の山本雲渓( ...

柳本洞素と門人

2021/7/9  

左:柳本素石「鵯越図」、右:野村春江「鯉図」 柳本洞素(1838-1894)は弘瀬洞意(絵金)に学んだ後、江戸に出て駿河台狩野七代・狩野洞白陳信の門に入り、安政4年には土佐藩の御用絵師になった。山内豊 ...

阿波の四条派・浜口南涯と吉成葭亭

2022/8/20  

左:吉成葭亭「勿来関図」右:吉成葭亭「婦人図」 浜口南涯(1801-1865)と吉成葭亭(1807-1869)は同じ四条派で、画の評判は拮抗していたが、医を業としながら和歌や茶道などもたしなむ南涯に対 ...

阿波の円山・四条派

2022/8/20  

松浦春挙「猿猴図」 藩の御用絵師は狩野派にしても住吉派にしても江戸の系統の画派だったが、町絵師の大部分は、南画家を除くと京都の四条派が多くを占めていた。森狙仙に学び、のちに円山応挙に師事した松浦春挙( ...

紀伊の円山・四条派

2025/3/26  

左:森月航「花鳥図」、右:森月航「蝶図」 紀伊の円山・四条派としては、松村景文の門人である鎌田景麟(1808-1864)、景麟に学んだ塩谷景山(不明-不明)、挿図を多く描いた塩路鶴堂らがいる。また、月 ...

現代まで続く円山・四条派の系譜

2025/3/6  

中村左洲「伊勢参宮図」 伊勢には南画をはじめ、狩野派、長崎派、岸派などいろいろな画法を学ぶものがいたが、主流となったのは円山・四条派だった。伊勢に初めて円山・四条派を広めた岡村鳳水の門からは上部茁斎、 ...

隠れたる画家 野村訥斎

2022/8/18  

野村訥斎「花鳥図」 度会郡に生まれた野村訥斎(1831-1864)は、地元の住職・慧剣に画を学んだ後、江戸に出て円山派の大西椿年に師事し、4年後に帰郷して地元で制作活動をした。その後、万延元年(186 ...




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