UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま北関東地方を探索中。

「円山四条派」 一覧

京都で四条派を学んだ遠藤速雄

遠藤速雄が生まれた慶応2年は、薩長同盟が成立し、幕末の政治的動乱が始まろうとしていた年だった。仙台藩士だった父・允信は、版籍奉還後、京都の平野神社の宮司として赴任、11歳だった速雄もそれに従って京都に ...

仙台四大画家のひとり・四条派の東東洋

江戸後期に活躍した仙台地方出身の画家のうち、東東洋、小池曲江、菅井梅関、菊田伊洲の4人は、仙台四大画家と称された。これは、明治時代に仙台に在任した裁判官で、南画家としても知られる川村雨谷の命名によるも ...

水沢の画人・砂金文洲

文政後期の岩手県水沢地域では、小沢晁洲(1811-1877)をはじめ、そのあとを継いだ砂金文洲、菅原竹侶の三画人が中心になって明治初期まで水沢の絵事にあたった。小沢晁洲は、若くして谷文晁に学び、17歳 ...

川口月嶺の門人たち

川口月嶺の門人には、実子の川口月村のほか、太田玉嶺、船越月江、沢田雪嶺、原衡岳、金矢桃渓、戸来錦嶺、北條玉洞らがいた。船越月江(1830-1881)と金矢桃渓は、嘉永4年に竣工された盛岡城本丸大奥の障 ...

川口月嶺門下でも抜きん出た実力を示した実子の川口月村

川口月嶺には多くの門人がいたが、そのなかでも抜きん出た実力を示していたとされるのが実子の川口月村(1845-1904)である。月村は、幼いころから父に学び、8歳の時に父に従って八幡宮の流鏑馬を見て描い ...

江戸後期の盛岡藩を代表する絵師・川口月嶺

川口月嶺(1810-1871)は、現在の秋田県鹿角市花輪(旧盛岡藩領)に生まれ、江戸で四条派を学んだのち、藩主・南部利済の御側役として盛岡城大奥の障壁画制作などに携わった。それまでの藩内の主流は狩野派 ...

盛岡藩の四条派の絵師・沼宮内蘭渓

盛岡藩の四条派の絵師としては、沼宮内蘭渓や川口月嶺が知られている。四条派とは、円山応挙の門人・松村月渓(呉春)が、写実に洒脱さを付け加えて確立した画風で、江戸時代末期から明治時代にかけて盛岡城下を中心 ...

藤島武二の最初の師で薩英戦争に西瓜売り隊の一員として参戦した平山東岳

京都で四条派を学んだ平山東岳は、人物画、花鳥画、山水画など幅広いジャンルの作品を数多く残しているが、その一方、幕末明治の混乱期の薩摩にあって、薩英戦争が勃発すると、決死隊(西瓜売り部隊)の一員として英 ...

薩摩の円山四条派

狩野派が大勢を占めていた薩摩でも、江戸後期から明治にかけて円山四条派に学んだ絵師や南画家が登場するようになった。京都で四条派の松村景文に学んだ絵師としては、京都見聞役をつとめていた税所文豹(1809- ...

延岡の美人画家・奈須竹堂

南画家がほとんどだった江戸後期から明治にかけての延岡で、一人異なるのが奈須竹堂である。竹堂は、若い頃に紋書修業のために京都に行き、修業中に三畠上龍に師事した。同門には豊後出身で、国東地方に京風美人画ブ ...

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