画人伝・島根

森鴎外と原田直次郎

2024/12/14  

原田直次郎「騎龍観音」 明治の文豪・森鴎外(津和野町生まれ、1862-1922)は、陸軍軍医、小説家、翻訳家など多方面で活躍したが、美術においても大きな足跡を残している。軍医だった鴎外が美術と深く関わ ...

松江洋画研究所を設立して島根の美術振興に貢献した草光信成と木村義男

2021/7/9  

草光信成 三部試作「成長」のうち「手伝」 森本香谷、草光信成(1892-1970)、木村義男(1899-1985)を中心メンバーとして設立された松江洋画研究所は、大正末から昭和初期にかけて島根の洋画振 ...

島根の水彩画普及に尽力した森本香谷

2021/7/25  

森本香谷「浅間山」 明治38年、大下藤次郎、丸山晩霞らが開設した水彩画講習所は、各地で水彩講習会を行ない、全国的に水彩画ブームをひきおこした。明治44年には松江でも大下藤次郎を講師に迎えて水彩画講習会 ...

小豆澤碧湖にはじまる島根洋画

2024/12/11  

小豆澤碧湖「果物図」 島根の洋画は、横浜で写真と洋画を学んだ小豆澤碧湖(1848-1890頃)によってはじまった。松江の豪商の家に生まれ、はじめ中島来章に日本画を学んだ碧湖は、明治初期に上京し、写真家 ...

橋本明治ら島根出身の現代日本画家

2024/12/11  

橋本明治「鶴と遊ぶ」 昭和期に活躍した島根県出身の現代日本画家としては、まず橋本明治(1904-1991)が挙げられる。太い線描、明快な色彩を用いた橋本様式と呼ばれる独自の作風を展開し、日展で活躍、文 ...

平田ゆかりの日本画家、小村大雲と落合朗風

2021/7/9  

小村大雲「猛虎豹屏風」 出雲市平田出身の小村大雲(1883-1938)は、山元春挙の画塾・早苗塾門下生の四天王と称され、帝展委員などをつとめた。作域は広く、山水、人物、動物など多岐に渡ったが、なかでも ...

島根を代表する近代南画家、西晴雲と木村棲雲

2021/7/9  

木村棲雲「秋溪泛舟」 島根を代表する明治期の南画家としては、西晴雲(1881-1963)と木村棲雲(1885-1967)が挙げられる。西晴雲は、上京して吉嗣拝山に南画を学んだが、当時の南画界の動向に不 ...

早世した逸材・中原芳煙と中央画壇を離れた竹田霞村

2021/7/9  

中原芳煙「月下三鹿図」 邑智郡都賀行村(現島根県美郷町)生まれの中原芳煙(1875-1915)は、東京美術学校日本画科を首席で卒業し、将来を嘱望されながらも病を得て帰郷、中央画壇に戻ることを望みながら ...

田中頼璋と島根出身で川端玉章に学んだ日本画家

2025/3/27  

田中頼璋「立久恵之晩春」(部分) 明治期になると、東京に出て学ぶ島根県出身の日本画家も多く出てくる。田中頼璋(1868-1940)は、はじめ萩に出て森寛斎に学んだが、のちに上京して川端玉章に師事した。 ...

天野嗽石と松江の門人

2021/7/9  

松江に住んでいた天野嗽石(1837-不明)は、小田海僊の門人・近藤桃江に師事し、のちに金子雪操に学んだ。京都、山陽、四国、九州などを遊歴し、四国松山にも一時住んだとされるが、没地などは不明である。松江 ...

備中から移り住み画塾を開いた塩田銕香と出雲の門人

2024/12/21  

塩田銕香「天保九如」 備中(岡山県)に生まれた塩田銕香(1850-1889)は、26歳の時に出雲を訪れて以来、この地に住み、画塾を開いて画技の指導をした。このため出雲市近辺では絵画に対する眼識を開いた ...

出雲地方に南画鑑賞の土壌を培った田能村直入と出雲の門人

2021/7/9  

田能村直入「梅花書屋図」白潟天満宮蔵 江戸後期になると、出雲・石見地方でも文人趣味の機運が起こり、この地を訪れる南画家を歓心を持って迎え、揮毫を依頼したり、漢詩や南画の指導を受けたりした。尾張の南画家 ...

出雲を訪れた風外禅師に学んだ横山雲南(黄仲祥)

2021/7/9  

横山雲南(黄仲祥)「楼閣山水図」 出雲地方には白隠慧鶴禅師(1685-1768)の筆による書画がいくつか伝来している。松江市の天倫寺に伝わる「出山釈迦図」「大応・大燈・関山国師図」などで、いずれも白隠 ...

津和野藩御用絵師・大島松溪と藩主亀井家

2021/7/9  

津和野藩御用絵師・大島松溪(1758-1846)は津和野に生まれ、亀井矩貞・矩賢・茲尚の三代の藩主に仕えた。豪放な人柄で、あふれ出る才能は神がかり的だったとも伝わっている。常に大作を心掛け、彫刻も巧み ...

石見の南蘋派・三浦紫えんと門人

2021/7/9  

三浦紫えん「老松に白孔雀」島根県立美術館蔵 石見地方の南蘋派としては、津和野藩士の三浦南溪・紫☆親子がいる。父の南溪は江戸に南蘋派を広めた宋紫石に学び、藩の御用絵師をつとめた。子の紫☆(「☆」は「田」 ...

渡辺崋山と密接に交遊した津和野藩家老・多胡逸斎

2023/7/24  

多胡逸斎「八仙人図」 津和野藩家老・多胡逸斎(1802-1857)は、博識で内外の情報に通じ、藩政においても手腕を発揮、天保の飢饉に際しても藩内は難を逃れたという。書画においても、多くの著名南画家たち ...




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