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江戸時代を中心に明治中頃くらいまでに活動していた各地の画家を調査し、都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。
江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。
2025/1/29
歌川貞升「浪花天保山風景」四枚続のうち二枚 歌川貞升をはじめ、貞広、貞芳は、江戸の初代歌川国貞に師事し歌川姓を名乗ったが、いずれも上方の好みに合わせた画風で役者絵を描いた。天保13年の天保の改革による ...
2025/1/27
一鶯斎芳梅「道頓堀」(『滑稽浪花名所』より) 一鶯斎芳梅(1819-1879)は、大坂の人で、天保12年から安政年間頃に活躍した。江戸の歌川国芳の門人で、美人画では国芳風の健康的で明るい印象の美人を描 ...
2025/1/24
北粋亭芳豊「難波つな引」(『花暦浪花自慢』八より) 北粋亭芳豊(不明-1866)は、江戸の歌川国芳の門人で、歌川姓を名乗り、歌川芳豊とも称した。安政年間のみの作画が知られ、役者絵のほか、風俗画、風景画 ...
2025/1/22
長谷川貞信 左:「初代実川延若」右:「二代目尾上多賀之丞」 長谷川貞信(1809-1879)は、大坂の安堂寺町浪花橋にあった茶巾袱紗商の奈良屋に生まれた。はじめ四条派の上田公長に師事したが、生家が没落 ...
2025/1/20
柳斎重春「三代目中村歌右衛門の自来也」 春梅斎北英と同時期に活躍し、上方浮世絵の中期を支えた柳斎重春(1802-1852)は、長崎の生まれで、実家は大島屋という両替商を営んでいた。重春の才能に気付いた ...
2025/1/17
春梅斎北英「夏祭浪華鑑」 春梅斎北英(不明-1836)は、春好斎北洲の門人で、師の画風を継承し、文政11年頃から没する天保7年までの短い活動期間のなかで多くの作品を残し、柳斎重春とともに文政から天保年 ...
2025/1/15
丸丈斎国広「頼政鵺物語」 丸丈斎国広(不明-不明)は、文化から天保年間にかけて作画し、上方浮世絵中期全体にわたって活躍した。江戸の初代歌川豊国(参考)の門人だったと思われるが、画風は江戸の浮世絵という ...
2025/1/13
好画堂多美国・寿好堂よし国合作「梅浪花早咲源氏」 上方の浮世絵師たちは師弟関係などによって、いくつかの小集団を形成していたと思われるが、本名や経歴が分かっている絵師は少なく、その実態はあまり明瞭に分か ...
2025/1/10
寿好堂よし国「五大力恋緘」 寿好堂よし国(不明-不明)は、浅山芦国の門人と思われ、文化年間から天保元年頃までの作画が確認できる。大坂での役者絵版行数が飛躍的に増えていく時期に、春好斎北洲に次ぐ絵師とし ...
2025/1/8
戯画堂芦ゆき「座附引合之図 二代目関三十郎」 戯画堂芦ゆき(不明-不明)は、はじめ有楽斎長秀に学び、のちに浅山芦国の門人になったとされる。春好斎北洲とともに上方浮世絵中期の前半を支えた代表的絵師のひと ...
2025/1/6
春好斎北洲「一谷嫩軍記」 流光斎如圭、松好斎半兵衛以後の大坂役者絵は、文化末・文政期、天保期、嘉永・安政期に三分できる。隆盛期となる文化末・文政期を代表する絵師としては、松好斎の門人でのちに葛飾北斎に ...
2024/12/27
有楽斎長秀「細伴合羽摺り三枚続」 有楽斎長秀(不明-不明)は、京都の人で、寛政年間後期から天保年間後期に活躍した。一時期大坂でも活動し、その際には錦絵も手掛けた。上方浮世絵師としては長い期間の作画が確 ...
2024/12/25
松好斎半兵衛「筑紫権六 嵐吉三郎」 大坂役者絵の特徴である美化や理想化を拒否した写実精神は、翠釜亭によって方向づけられ、流光斎如圭が確立し、流光斎の門人である松好斎半兵衛によって定着された。 松好斎半 ...
2024/12/23
流光斎如圭「𫮾礎花大樹」小田家広間の場面 大坂における役者絵本は、安永9年に耳鳥斎が刊行した『絵本水や空』が最初とされるが、江戸ではすでに勝川春章(参考)・一筆斎文調(参考)合作による役 ...
2024/12/20
耳鳥斎「別世界巻」(部分) 耳鳥斎(不明-不明)は、大坂難波橋の近くに住んでいた町人で、酒造業や骨董商を営んでいたと伝わっている。画を好み、安永から寛政年間にかけて作画し、軽妙洒脱な肉筆画を多く残して ...
2024/12/18
松川半山『浪華の賑い』より 松川半山(1818or1822-1882)は、大坂立売堀の狂歌師・鬼拉亭力丸の子として生まれた。画は菅松峰に学び、のちに岡田玉山、丹羽桃渓に私淑した。主に版本挿絵を手掛け、 ...
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