画人伝・京都 円山四条派 花鳥画

応挙の伝記『仙斎円山先生伝』を著した奥文鳴

奥文鳴「寒塘水禽図」敦賀市立博物館蔵

奥文鳴「寒塘水禽図」敦賀市立博物館蔵

奥文鳴(1773-1813))は、産科医の子として京都に生まれ、円山応挙に師事した。応挙門下十哲のひとりに数えられる重要な弟子だが、その生涯は不明な点が多い。丁寧な描写による花鳥図を得意としたが、残された作品も多くない。

文鳴の特筆すべき業績のひとつは、応挙の伝記『仙斎円山先生伝』を残したことである。本書は、直弟子の文鳴が著したこともあり高く評価されており、特に応挙の前半生を伝える記述は圧巻で、応挙の伝記を述べるときには必ずといっていいほど引用されている。

奥文鳴(1773-1813)おく・ぶんめい
安永2年京都生まれ。産科医・奥道栄の子。本姓は源、姓は奥、名は貞章、字は萬禩。号は陸沈斎、陸沈館で、源次郎、順蔵と称した。円山応挙に師事し、門下で担当した大乗寺の障壁画制作では藤の間を担当した。同寺に伝わる「源正勤」落款の作品も文鳴の制作と考えられている。寛政度の御所造営にも参加した。著書に応挙の伝記『仙斎円山先生伝』がある。文化10年、40歳で死去した。

京都(103)-画人伝・INDEX

文献:円山応挙から近代京都画壇、京都画壇の一九世紀(2)、江戸の花鳥画譜、大乗寺




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