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UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

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新着記事

官職を辞して画家として名を成した熊谷直彦

2026/8/28  

熊谷直彦(1828-1913)は、京都の神職の家に生まれ、14歳で四条派の岡本茂彦の門人となったが、入門して3年ほどで師の茂彦が没したため、その後は独学で画技を磨いた。弘化元年に広島藩の京都詰衣紋方だ ...

京都から東京に移住し皇室の御用も手掛けた村瀬玉田

2026/8/26  

村瀬玉田(1852-1917)は、京都上京区に生まれ、11歳の時に村瀬双石の門に入り四条派の画法を学び、15歳の時に双石の養子となり村瀬姓を継いだ。当時は景文門下の横山清暉、塩川文麟、岸連山、中島来章 ...

東美教授として円山派を東京に広めた川端玉章

2026/8/24  

川端玉章(1842-1913)は、蒔絵師の子として京都に生まれた。10歳の時に三井家に年季奉公に出たが、算盤を持つのを好まず、暇さえあれば絵を描いていたので三井家の執事の勧めで11歳の時に円山派の中島 ...

筆力雄渾な画風から「今蕭白」と呼ばれた鈴木松年

2026/8/21  

鈴木松年(1848-1918)は、鈴木派の祖・百年の長男として京都の四条堺町西に生まれ、幼いころから父に画法を学び、儒学を修め、詩文を山田梅東に学んだ。絵や軍談を好む喧嘩好きな少年で、烈しく豪放な気性 ...

精密な写生による美麗な花鳥画で知られた今尾景年

2026/8/19  

今尾景年(1845-1924)は、京都衣棚二条北の友禅業を営む家に生まれた。10歳の頃から浮世絵師の梅川東巨のもとで修業し、14歳で鈴木百年の門に入った。生家の家業である友禅図案の仕事に従事する一方で ...

平安時代から続く巨勢家の末裔・巨勢小石

2026/8/17  

巨勢小石(1843-1919)は、京都で平安時代から続く絵仏師の画系・巨勢家の末裔とされ、巨勢家の祖・金岡の「三十八世孫」を自称した。祖父に仏画を学び、のちに岸派の岸連山、南画の中西耕石に学んだ。若い ...

幕末から大正初期まで活躍した望月派四代・望月玉泉

2026/8/14  

望月玉泉(1834-1913)は、望月派三代・玉川の子として京都に生まれ、画法を父に、詩文を巌垣六蔵に学んだ。望月家は祖父・玉仙の代から京都御所に出入りしており、玉泉も若いころから宮中の仕事を多く手掛 ...

江戸から明治へ円山派の正系を守った国井應文

2026/8/12  

国井應文(1833-1887)は、京都の医者の家に生まれた。母が円山応挙の孫で、円山家三代・応震の妹にあたる。芸術的に恵まれた環境のなかで育った應文は、応震の養子で円山家四代となった應立に師事して画法 ...

京都画壇の近代化に大きく貢献した久保田米僊

2026/8/10  

久保田米僊(1852-1906)は、京都の錦小路の料理屋の長男として生まれ、鈴木百年に師事した。また、澤渡精斎に敬史を学び、そのかたわら京都の貸本屋を巡って古代の歴史風俗も独学研究した。先進的な性格で ...

近代京都画壇の土台を築いた幸野楳嶺

2026/8/7  

幸野楳嶺(1844-1895)は、京都の四条新町の両替商を営む家に生まれた。9歳で円山派の中島来章に入門し、のちに老齢の来章の許しを得て四条派の塩川文麟に入門した。来章から学んだ花鳥画、文麟から学んだ ...

幕末の新興画派・鈴木派の始祖となった鈴木百年

2026/8/5  

鈴木百年(1825-1891)は、儒者・天文学者として赤穂藩や土御門家に仕えた鈴木星海の子として京都に生まれた。決まった師に入門することはなかったが、岸連山や狩野永岳、大西椿年らから学んだと思われる。 ...

長老として近代京都画壇の礎を築いた岸竹堂

2026/8/3  

岸竹堂(1826-1897)は、彦根藩士の家に生まれ、17歳で京都に出て狩野永岳に入門した。しかし、狩野派の粉本主義の教育法に飽き足らず、翌年岸派の岸連山に入門、のちにその娘と結婚し、33歳の時に連山 ...

文麟亡きあと長老として京都画壇を統率した森寛斎

2026/7/31  

森寛斎(1814-1894)は、萩藩士の子として現在の山口県に生まれ、大坂に出て森派初代・森狙仙の養子である徹山に学び、その養子となった。森派を継いだ寛斎だが、当時勢いを失いかけていた円山派の復興を図 ...

幕末から明治初期の京都画壇を牽引した塩川文麟

2026/7/29  

塩川文麟(1808-1877)は、京都の安井宮門跡に仕える家に生まれたが、幼くして両親を亡くしたため、安井宮門跡の計らいで四条派の岡本豊彦に師事し、絵師となった。豊彦門下では、伝統的な四条派の写生画風 ...

復古大和絵派を代表する絵師・冷泉為恭

2026/7/27  

復古大和絵派とは、江戸時代後期から幕末にかけて興った画派で、土佐派や住吉派の描く大和絵のあり方に再考を促し、平安時代以来の伝統を持つ大和絵の様式・精神への回帰・復興を目指した。主な絵師としては、田中訥 ...

幕末の京狩野を支えた狩野永泰

2026/7/24  

狩野永泰(不明-1842or1843)は、江戸時代後期に活躍した京狩野の絵師で、狩野永章(景山洞玉)の子として生まれた。狩野永岳は兄にあたる。京狩野の伝統を受け継ぎながら、室町・桃山時代の狩野派の様式 ...

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昭和59年(1984)、田中一村(1908-1977)が奄美大島で没して7年後、NHK教育テレビ「日曜美術館」で「黒潮の画譜~異端の画家・田中一村~」と題して一村の画業が紹介され、大きな反響を呼んだ。 ...

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横山大観(1868-1958)は、明治元年水戸藩士の子として現在の茨城県水戸市に生まれた。10歳の時に一家で上京し、湯島小学校に転入、つづいて東京府小学校に通った。同校卒業後は私立の東京英語学校に進学 ...

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室町水墨画の最高峰・雪舟

岡山の画家として最初に名前が出るのは、室町水墨画壇の最高峰に位置する雪舟等楊(1420-1506)である。狩野永納によって編纂された『本朝画史』によると、雪舟の生誕地は備中赤浜(現在の総社市赤浜)で、 ...

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