• ホーム
  • 当サイトについて
  • 画人伝・INDEX
  • 画家ジャンル別
  • 画風・モチーフ別
  • お問い合わせフォーム

UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

  • 今月の注目画人
  • 江戸以前の画家
  • 物故日本画家
  • UAG美人画研究室

新着記事

雪舟や中国画を研究して一家を成した中井藍江

2024/12/4  

中井藍江(1766-1830)は、はじめ蔀関月に師事し、のちに自ら雪舟をはじめ中国の李龍眠や牧谿の画を研究し、四条派の写生風も加味して一家を成した。また、中井竹山の門に詩文を学び、余技として茶を嗜んだ ...

蔀関月に学び風俗人物画を得意とした丹羽桃渓

2024/12/2  

丹羽桃渓(1760-1822)は、蔀関月に画を学び、風俗人物画を得意とした。また、版刻の精細な挿絵も多く手掛けた。享和2年版の『浪華なまり』には流行画人の一人として挙げられており、画名は高かったと思わ ...

月岡雪鼎の門を出て蔀派を形成した蔀関月

2024/11/29  

蔀関月(1747-1797)は、はじめ月岡雪鼎に学び、のちに自ら和漢の名蹟を研究して一家を成した。画域は幅広く、雪鼎風の美人画をはじめ、雪舟や狩野派、中国画の影響を思わせる山水画や花鳥画なども残してい ...

作風から月岡雪鼎の門人と推測される稲垣つる女

2024/12/11  

稲垣つる女(不明-不明)は、肉筆美人画の作例を残す浮世絵師で、明和年間に大坂で活動したことが判明している。伝記が残っておらず経歴はまったく不明だが、その画風から月岡雪鼎の門人と推測されている。 稲垣つ ...

絵本挿絵を多数手掛け自ら読本も書いた速水春暁斎

2024/11/25  

速水春暁斎(1767-1823)は、岡田玉山に画を学び、版刻の絵本挿絵を多く手掛け、また自ら読本も書いた。『武江年表』には、享和年間の活躍画人として取り上げられ「春暁斎は画人なれども自ら著述の読み本数 ...

近世刻版密画の開祖とされる岡田玉山

2024/11/22  

岡田玉山(不明-不明)は、月岡雪鼎の門に学び、風俗人物を得意とし、花鳥山水も描いた。当時の上方における絵本挿絵の第一人者で、緻密で大胆な描写を打ち出して表現の新境地を開き、近世刻版密画の開祖とされてい ...

山水の小景を鑑賞する占景盤が評判となった墨江武禅

2024/11/20  

墨江武禅(1734-1806)は、舟運業者が集住していた大坂の船町に住み、上荷船の運航に携わっていたが、のちに天目釜彫物を学び、彫金を手掛けた。さらに月岡雪鼎に画を学び、宋元の古蹟を研究して一家をなし ...

月岡雪鼎に学び肉筆美人画を得意とした桂宗信

2024/11/18  

桂宗信(1735-1790)は、月岡雪鼎の門に学び、肉筆美人画を得意とした。また、版刻画も手掛け、『狂歌五題集』『絵本三国志』『狂歌両節東街道』などが残っている。これらの絵本類の刊行は明和から安永、天 ...

延享から安永にかけて絵本挿絵に筆を揮った北尾辰宣

2024/11/15  

月岡雪鼎と同時期にその影響の下に作画した画人に北尾辰宣(不明-不明)がいる。詳しい経歴は不明だが、延享から安永にかけての活躍が知られ、絵本挿絵に筆を揮った。 作品の署名部分に「擅画」あるいは「浪花擅画 ...

近世大坂の風俗画の始祖とされる月岡雪鼎

2024/11/13  

近世上方の風俗画は、江戸の鈴木春信のような存在がなかったこともあって、錦絵の流行は遅れるが、それに代わるように月岡派の肉筆風俗画や版本の挿絵が画壇や出版界に重きをなした。 月岡派の始祖とされる月岡雪鼎 ...

浪華の琳派・中村芳中

2024/11/13  

中村芳中(不明-1819)は、生年は明らかでないが、諸書によると、京都に生まれ、その後大坂に移住し、寛政2年にはすでに大坂で画家として一家を成している。また、寛政6年刊『虚実柳巷方言』には指画(指頭画 ...

勤王志士と交流し新選組に捕えられ獄死した藤井藍田

2024/11/13  

藤井藍田(1816-1865)は、阿波の人で、父が大坂で営んでいた呉服問屋「錦屋」に生まれた。家業を継いだが、文雅の趣があり、画を中井藍江、田能村竹田、書を八木巽処、詩文を広瀬旭荘に学び、早くから家督 ...

丁寧な筆致の繊細な山水画を多く描いた日根対山

2024/11/13  

日根対山(1813-1869)は、和泉国日根郡中庄村湊(現在の泉佐野市湊)に生まれ、はじめ岸和田の画人・桃田栄雲に画を学んだ。また、地元湊の豪商・里井浮丘(1799-1866)と交友し、同家が所蔵する ...

紀州の野呂介石に学び大雅風を描いた画僧少林

2024/11/4  

少林(不明-1835)は、大坂の北中島小松村久昌院の住持で「少林山人」とも呼ばれた。紀州の野呂介石に画を学び、介石を通じて池大雅風の南画を学んだと思われる。詳しい経歴は不明だが、文政6年刊『続浪華郷友 ...

重層的な岩肌をみせる高峰を好んで描いた金子雪操

2024/11/1  

文政中頃から天保にかけての大坂南画壇は、文政7年版『浪加華人物誌』、天保8年版『浪華郷友録』によると、岡熊嶽・琴嶽父子、藤九鸞、森川竹窓、岡田半江、菅井梅関、木村石居、僧愛石、僧風外、春嶽の子鼎金城、 ...

父米山人同様に晩年に多くの傑作を生んだ岡田半江

2024/10/30  

岡田半江(1782-1846)は、岡田米山人の子として生まれ、幼いころから父に画の手ほどきを受け、はじめ小米と号したが22歳頃に半江と改めた。28歳頃には父同様に津の藤堂藩大坂蔵屋敷に下役として仕えた ...

« Prev 1 … 7 8 9 10 11 … 91 Next »




カテゴリー

サイト内検索

関連サイト

湯上がり美術談義
UAG美人画研究室
UAG美術家資料棚

人気記事

  • 下野国栃木の豪商との親交のなかで肉筆画の代表作「雪月花」を描いた喜多川歌麿11喜多川歌麿02
  • 12歳で体験した戊辰戦争を語り伝え、「白虎隊自刃之図」を描いた佐野石峰21佐野石峰02
  • 尾張の岸派、喜田華堂と門人20喜田華堂02
  • 筑前秋月藩御用絵師・斎藤秋圃と門人08斎藤秋圃02
  • 鳥取藩御用絵師・沖一峨と沖家鳥取01沖一峨
  • 等伯の跡を継いで一門を率いる存在として将来を嘱望されていたが26歳で早世した長谷川久蔵02長谷川久蔵02
  • 名古屋四条派、野村玉渓の流れを汲む門人たち17尾張02
  • 大正新南画の中心作家として活躍した湯田玉水26湯田玉水02
  • 関東に本格的な水墨画をもたらした室町時代の画僧・祥啓01祥啓02
  • 尾張南画の草創期05丹羽嘉言02

おすすめ記事

1
能登が生んだ桃山時代を代表する画家・長谷川等伯

長谷川等伯(1539-1610)は、能登国七尾(現在の石川県七尾市)の能登七尾城主畠山氏の家臣・奥村家に生まれ、のちに縁戚で染物業を営む長谷川家の養子となった。雪舟系画人の等春に学んだとされる養父・宗 ...

2
奄美大島に没した田中一村の話

昭和59年(1984)、田中一村(1908-1977)が奄美大島で没して7年後、NHK教育テレビ「日曜美術館」で「黒潮の画譜~異端の画家・田中一村~」と題して一村の画業が紹介され、大きな反響を呼んだ。 ...

3
新しい日本画を追求して近代日本画壇を牽引した横山大観

横山大観(1868-1958)は、明治元年水戸藩士の子として現在の茨城県水戸市に生まれた。10歳の時に一家で上京し、湯島小学校に転入、つづいて東京府小学校に通った。同校卒業後は私立の東京英語学校に進学 ...

4
妖艶で頽廃美漂う画風を展開し、画壇の悪魔派と呼ばれた北野恒富

北野恒富(1880-1947)は、金沢市に生まれ、小学校卒業後に新聞の版下を彫る彫刻師をしていたが、画家を志して17歳の時に大阪に出て、金沢出身で歌川派の流れを汲む浮世絵師・稲野年恒に師事し、師と同様 ...

5
室町水墨画の最高峰・雪舟

岡山の画家として最初に名前が出るのは、室町水墨画壇の最高峰に位置する雪舟等楊(1420-1506)である。狩野永納によって編纂された『本朝画史』によると、雪舟の生誕地は備中赤浜(現在の総社市赤浜)で、 ...

  • ホーム
  • 当サイトについて
  • 画人伝・INDEX
  • 画家ジャンル別
  • 画風・モチーフ別
  • お問い合わせフォーム

UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

© 2025 UAG美術家研究所