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UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

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新着記事

養子となった田能村小斎ら関西での直入の門人

2025/2/24  

田能村小斎(1845-1909)は、播州北條(現在の兵庫県加西市北條町)に生まれ、明治維新後は大阪と京都で暮らした。田能村直入に師事し、直入の子供が突然死去したため養子となった。直入や子の小篁(187 ...

関西南画壇の発展に貢献した田能村直入・村田香谷

2025/2/21  

江戸時代に流行した南画は、明治時代になってもその人気は続き、大阪には豊後の田能村直入や筑前の村田香谷、姫島竹外をはじめ、西日本を中心に各地から南画家が集まり優れた作品を残した。 豊後国直入郡竹田村(現 ...

田能村竹田に出会い南画に専心した忍頂寺静村

2025/2/19  

忍頂寺静村(1804-1877)は、淡路に生まれた。幼いころから画を好み、大坂に出てはじめ上田公長に入門し写生画を学んだ。その後田能村竹田に出会い南画に専心するようになった。また、貫名海屋のもとで書を ...

江戸で谷文晁に学び大坂に移り住んだ魚住荊石

2025/2/17  

魚住荊石(1799-1880)は、越後古志郡和泉村(現在の新潟県長岡市)に生まれた。幼いころから画を好み、17歳で江戸に出て谷文晁に師事した。同門に高久靄厓がいた。諸国を遊歴したのち、大坂に移住して魚 ...

明治期の開化絵に秀作を残した二代長谷川貞信

2025/2/14  

二代長谷川貞信(1848-1940)は、初代貞信の長男として生まれ、明治8年に二代貞信を襲名した。父の初代貞信から画を学んだが、父の勧めで一鶯斎芳梅にも入門した。天保の改革以降、中判が主流となっていた ...

幕末・明治期の上方浮世絵界を支えた一養亭芳滝

2025/2/12  

一養亭芳滝(1841-1899)は、一鶯斎芳梅の門人で、安政年間から明治15年頃まで活躍し、幕末・明治期の上方浮世絵界を支えた。上方では最多の作品数を誇り、役者絵では、どの役者も吊り目、離れ眼ぎみに似 ...

初代長谷川貞信の門人と思われる長谷川宗広

2025/2/10  

長谷川宗広(不明-不明)は、初代長谷川貞信の門人と思われ、嘉永5年頃から慶応3年頃まで活動した。役者絵を手掛け、まとまった量の作品が確認されている。文久3年に限って一時的に二代北川豊秀を名乗ったが、翌 ...

三代豊国の門人と思われる歌川国員

2025/2/7  

歌川国員(不明-不明)は、江戸の三代豊国の門人と思われ、弘化4年頃から慶応3年頃に活躍した。歌川貞升らと同様に江戸の絵師に師事したが、上方の好みに合わせた画風で役者絵を描いた。また、芳雪、芳滝との合作 ...

五粽亭広貞の門に学び役者絵を描いた五葉亭広信

2025/2/5  

五葉亭広信(不明-不明)は、五粽亭広貞の門人で、嘉永4年頃から明治5年頃までの作画が確認されている。役者絵や絵入根本挿絵などを手掛け、多くの作品を残している。広信の役者絵は時代の流れに即して、全身像で ...

五粽亭広貞との同一人物説がある五蝶亭貞広

2025/2/3  

五蝶亭貞広(不明-不明)は、初代歌川国貞の門人と思われ、歌川姓を名乗った。天保から嘉永にかけての作画が確認されており、多くの役者絵や風俗画を残している。五粽亭広貞と同一人物である可能性が指摘されている ...

天保の改革後の上方浮世絵界を代表する五粽亭広貞

2025/1/31  

五粽亭広貞(不明-不明)は、画系は不明だが、初代歌川国貞の門人という説もある。天保の改革以後の上方浮世絵界を代表する絵師で、弘化4年頃から嘉永6年頃に活動し、主に役者絵を描いた。はじめは大首絵が中心だ ...

歌川貞升ら初代歌川国貞に師事した上方浮世絵師

2025/1/29  

歌川貞升をはじめ、貞広、貞芳は、江戸の初代歌川国貞に師事し歌川姓を名乗ったが、いずれも上方の好みに合わせた画風で役者絵を描いた。天保13年の天保の改革による役者絵版行の禁止により5年余りの画業の中断を ...

歌川国芳に学び大坂で多くの門弟を育てた一鶯斎芳梅

2025/1/27  

一鶯斎芳梅(1819-1879)は、大坂の人で、天保12年から安政年間頃に活躍した。江戸の歌川国芳の門人で、美人画では国芳風の健康的で明るい印象の美人を描いた。一方で役者絵においては上方の好みに合った ...

歌川国芳の門人で安政年間のみ作画した北粋亭芳豊

2025/1/24  

北粋亭芳豊(不明-1866)は、江戸の歌川国芳の門人で、歌川姓を名乗り、歌川芳豊とも称した。安政年間のみの作画が知られ、役者絵のほか、風俗画、風景画も描いた。 『花暦浪花自慢』は、安政年間に芳豊が描い ...

最後の大判役者絵師と呼ばれた長谷川貞信

2025/1/22  

長谷川貞信(1809-1879)は、大坂の安堂寺町浪花橋にあった茶巾袱紗商の奈良屋に生まれた。はじめ四条派の上田公長に師事したが、生家が没落したため収入を得やすい浮世絵を学ぶため歌川貞升や柳斎重春に師 ...

上方で職業浮世絵師となった最初の人物・柳斎重春

2025/1/20  

春梅斎北英と同時期に活躍し、上方浮世絵の中期を支えた柳斎重春(1802-1852)は、長崎の生まれで、実家は大島屋という両替商を営んでいた。重春の才能に気付いた親が、大坂に連れてきて画技を修めさせたと ...

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昭和59年(1984)、田中一村(1908-1977)が奄美大島で没して7年後、NHK教育テレビ「日曜美術館」で「黒潮の画譜~異端の画家・田中一村~」と題して一村の画業が紹介され、大きな反響を呼んだ。 ...

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室町水墨画の最高峰・雪舟

岡山の画家として最初に名前が出るのは、室町水墨画壇の最高峰に位置する雪舟等楊(1420-1506)である。狩野永納によって編纂された『本朝画史』によると、雪舟の生誕地は備中赤浜(現在の総社市赤浜)で、 ...

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