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UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

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写生的な作風で「精細麗艶」といわれた上田耕冲

2025/3/21  

上田耕冲(1819-1911)は、円山応挙門下の上田耕夫の子として京都に生まれた。父に画を学び、父とともに大坂に移ったが、その後死別したため豪商・平野屋五兵衛の援助で長山孔寅に学んだと伝わっている。一 ...

赤松雲嶺、塚口竹香、川本月香ら姫島竹外の門人

2025/3/19  

姫島竹外に学んだ南画家としては、竹外門下の双璧とされた山田秋坪、水田竹圃をはじめ、赤松雲嶺、塚口竹香、川本月香、幸松春浦、安田半圃、泥谷文景、姫島竹亭らがいる。 赤松雲嶺(1892-1958)は、8歳 ...

姫島竹外門下で山田秋坪とともに双璧とされた水田竹圃

2025/3/17  

水田竹圃(1883-1958)は、大阪に生まれ、姫島竹外の門に入り南画を学び、竹外門下では山田秋坪とともに双璧とされた。明治45年に中国を巡遊し、帰国後名声を高めたという。大正元年の第6回文展で初入選 ...

姫島竹外に学び花鳥画を得意とした山田秋坪

2025/3/14  

山田秋坪(1877-1960)は、豊前国の中津藩士の家に生まれ、幼くして大阪に転居した。父の秋溪(秋佳)に南画と漢学を学び、父の没後は姫島竹外に師事した。日本青年絵画協会展や内国勧業博覧会で受賞を重ね ...

近代大阪南画壇の重鎮として活躍した姫島竹外

2025/3/12  

姫島竹外(1840-1928)は、筑前国の福岡藩士で代官をしていた姫島家の長男として生まれ、父に二天流の剣法を教わり、藩校・修猷館で学んだ。また画を好み、はじめ村田東圃に学び、のちに石丸春牛に師事した ...

南画のほか銅版画も手掛け地図や刊行物を残した森琴石

2025/3/10  

森琴石(1843-1921)は、摂津国有馬郡湯元(現在の兵庫県神戸市北区有馬町)の梶家に生まれ、3歳の時に大坂の森家の養子となった。鼎金城に師事して南画を学び、のちに忍頂寺静村にもついた。また、高木退 ...

跡見学園の一期生となり花蹊に書画を学んだ波多野華涯

2025/3/7  

波多野華涯(1863-1944)は、元水戸藩士で銅の商人をしていた波多野善四郎の長女として大坂に生まれた。単身上京し、明治8年に跡見花蹊が神田猿楽町に開校した跡見学校(のちの跡見学園)に第一期生として ...

跡見学園を創設し女子教育と絵画指導に尽力した跡見花蹊

2025/3/5  

跡見花蹊(1840-1926)は、摂津国西成郡木津村(現在の大阪市浪速区・西成区)で私塾を営む跡見重敬の二女として生まれた。幼いころから学問を好み、父に三字経や孝経を学び、父の私塾を手伝った。12歳で ...

大阪画壇を代表する女性画家として活躍した河辺青蘭

2025/3/3  

河辺青蘭(1868-1931)は、徳川幕府の御用銅吹業を営んでいた河辺伊右衛門の三女として改元前の大坂南堀江(現在の西区)に生まれた。幼いころから画を好み、10歳で巽蓼湾に絵画と茶技を学び、さらに橋本 ...

奥原晴湖と並び称された大阪の女性南画家・橋本青江

2025/2/28  

橋本青江(1821-1898)は、大坂船場で資産家の娘として育った。画を岡田半江に、書を篠崎小竹に学び、門人を抱えて一家を成し、幕末から明治初期の大坂で活躍した。代表的な門人である河辺青蘭によると、当 ...

砲術家として名を馳せ維新後は画に専念した田結荘千里

2025/2/26  

田結荘千里(1816-1896)は、但馬出身の儒医・但馬天民の子として大坂堂島に生まれた。画を金子雪操に学び、長崎で池部如泉に砲術を学び、自ら蘭学を修めるなど諸技に通じ、緒方洪庵とも交流があったという ...

養子となった田能村小斎ら関西での直入の門人

2025/2/24  

田能村小斎(1845-1909)は、播州北條(現在の兵庫県加西市北條町)に生まれ、明治維新後は大阪と京都で暮らした。田能村直入に師事し、直入の子供が突然死去したため養子となった。直入や子の小篁(187 ...

関西南画壇の発展に貢献した田能村直入・村田香谷

2025/2/21  

江戸時代に流行した南画は、明治時代になってもその人気は続き、大阪には豊後の田能村直入や筑前の村田香谷、姫島竹外をはじめ、西日本を中心に各地から南画家が集まり優れた作品を残した。 豊後国直入郡竹田村(現 ...

田能村竹田に出会い南画に専心した忍頂寺静村

2025/2/19  

忍頂寺静村(1804-1877)は、淡路に生まれた。幼いころから画を好み、大坂に出てはじめ上田公長に入門し写生画を学んだ。その後田能村竹田に出会い南画に専心するようになった。また、貫名海屋のもとで書を ...

江戸で谷文晁に学び大坂に移り住んだ魚住荊石

2025/2/17  

魚住荊石(1799-1880)は、越後古志郡和泉村(現在の新潟県長岡市)に生まれた。幼いころから画を好み、17歳で江戸に出て谷文晁に師事した。同門に高久靄厓がいた。諸国を遊歴したのち、大坂に移住して魚 ...

明治期の開化絵に秀作を残した二代長谷川貞信

2025/2/14  

二代長谷川貞信(1848-1940)は、初代貞信の長男として生まれ、明治8年に二代貞信を襲名した。父の初代貞信から画を学んだが、父の勧めで一鶯斎芳梅にも入門した。天保の改革以降、中判が主流となっていた ...

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奄美大島に没した田中一村の話

昭和59年(1984)、田中一村(1908-1977)が奄美大島で没して7年後、NHK教育テレビ「日曜美術館」で「黒潮の画譜~異端の画家・田中一村~」と題して一村の画業が紹介され、大きな反響を呼んだ。 ...

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新しい日本画を追求して近代日本画壇を牽引した横山大観

横山大観(1868-1958)は、明治元年水戸藩士の子として現在の茨城県水戸市に生まれた。10歳の時に一家で上京し、湯島小学校に転入、つづいて東京府小学校に通った。同校卒業後は私立の東京英語学校に進学 ...

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北野恒富(1880-1947)は、金沢市に生まれ、小学校卒業後に新聞の版下を彫る彫刻師をしていたが、画家を志して17歳の時に大阪に出て、金沢出身で歌川派の流れを汲む浮世絵師・稲野年恒に師事し、師と同様 ...

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