画人伝・熊本

肥後の画僧・豪潮と宇土藩主・細川月翁

2024/12/21  

豪潮「文殊菩薩騎獅図」 肥後出身の天台宗の高僧・豪潮(1749-1835)は、書画もよくした。豪潮は天台宗の僧だが、その画題には、禅宗的(釈迦三尊や羅漢図)なものが多くみられる。これは豪潮が交友した珍 ...

肥後狩野の祖・狩野成信

2021/7/6  

狩野成信「源氏物語図屏風」六曲一隻(部分) 熊本城築城の際に、初代藩主・加藤清正が狩野派の絵師を招き入れ障壁画を描かせたことによって熊本での狩野派の活動がはじまったが、寛永9年、加藤氏の改易によって細 ...

矢野派の全盛・五代矢野良勝と衛藤良行

2021/7/6  

矢野良勝「波濤図屏風」(部分) 四代雪叟によって再興された矢野派は、次の五代良勝と雪叟の門人である衛藤良行らの世代に全盛を迎えた。良勝や良行らは、雪叟によって回帰された雪舟風の筆法を修得し、それを基礎 ...

矢野派の再興者・矢野雪叟

2021/7/6  

矢野雪叟「旭日に猛禽図」 三代茂安の時代に衰退していった細川家御用絵師・矢野家だが、茂安の養子・矢野雪叟(1714-1777)が四代目を継ぐと、牧谿や雪舟など和漢の古画の模写などを通じて雪舟流の画風を ...

宮本武蔵ら余技の画人

2021/7/6  

伝宮本武蔵「芦雁図屏風」 肥後熊本藩をおさめていた加藤家や細川家は、全国的にも有名な大名であり、文化的な素養も備えていた。そのため、著名な学者や兵法者を周辺に集め、また自然に集まりもした。加藤家におけ ...

熊本近世絵画のはじまり-矢野派の祖・田代等甫

2021/7/24  

伝田代等甫「細川幽斎像」 熊本城の正確な築城年代は明らかになっていないが、慶長15年(1610)頃には大広間や花畑屋敷は完成していたと考えられている。当時は、各地の城で大規模な障壁画が描かれるようにな ...




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