UAG美術家研究所

江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま北関東地方を探索中。

「画人伝・岐阜」 一覧

飛騨の匠・伝説の画人

2015/04/23   -画人伝・岐阜

豊かな森林に恵まれた飛騨では古くから木工が盛んで、飛騨の匠(たくみ)と呼ばれる大工や木工師が全国各地の宮殿や寺院の建立に携わった。「飛騨の匠」にまつわる伝説は多く、歴史に名が残っている最初の画家といわ ...

明治期の美濃の南画家

2015/04/21   -画人伝・岐阜

明治に入っても南画の流行はやまず、第一世代の子や弟子を含め多くの南画家たちが活躍した。明治15年に東京で開かれた絵画共進会には中国南宗派として岐阜県からも多くの入選者を出している。しかし、全国的傾向と ...

異色の南画家・安田老山と蓑虫山人

明治の南画壇において名声を博した美濃出身の異色の南画家として安田老山がいる。老山は高須藩の侍医の子として江戸の藩邸に生まれた。養老山からとって、名を養、号を老山とした。長崎に行って日高鉄翁に南画を学び ...

近江、尾張、三河にまでおよんだ高橋杏村の門人

京都で中林竹洞に学んだ高橋杏村(1804-1868)は、のちに帰郷し、梁川星巌に漢詩を習い、西濃の漢詩人・神田柳渓と交わり、さらに昌平校の儒官・曾我耐軒が美濃に来た時に経学を学んだという。弘化のはじめ ...

村瀬一族の奇才・村瀬太乙

村瀬藤城、秋水ら優秀な学者や南画家を輩出した村瀬一族だが、その中でもひときわ異彩を放っていたのが村瀬太乙である。太乙は、藤城、立斎、秋水の村瀬三兄弟の従兄弟の子にあたり、詩、書、画すべてに才能を示した ...

美濃の南画、村瀬秋水の一族と門人

美濃の南画壇にあって影響力のあった南画家のひとりに村瀬秋水がいる。村瀬秋水は、美濃上有知の造り酒屋で庄屋を務める村瀬敬忠の三男として生まれた。長兄は頼山陽門の儒学者・村瀬藤城、次兄の村瀬立斎は尾張藩医 ...

美濃の南画、竹洞・梅逸の門人

全国的な南画の隆盛に寄与した尾張南画の中林竹洞、山本梅逸は、美濃における南画の発展にも大きな影響を及ぼした。美濃の南画家として名を残した、高橋杏村、村瀬秋水、山田訥斎らはみな竹洞、梅逸に師事した。 高 ...

南画家として活躍した大垣の漢詩人・思想家

美濃地方での南画家の動向を地域的にみると、第一世代の南画家は西美濃地方から多く出ている。大垣では江馬細香をはじめ、梁川星巌、梁川紅蘭ら漢詩人や思想家たちが南画家として活躍した。これは当時の大垣を中心と ...

頼山陽の美濃訪問と江馬細香

文化年間、京都ではひとつの文化人グループが文墨界を牛耳っていた。その中心にいたのが漢詩人であり思想家の頼山陽(1780-1832)である。山陽の周辺には、画家、文人、医師、僧侶など多くの教養人が集まり ...

美濃の南蘋派

中国の画家・沈南蘋によって長崎にもたらされた写実的な画法は、当時の画家たちに新鮮な驚きをもって迎えられ、弟子の熊代熊斐(1712-1772)を経て、江戸、大坂、京都などの画家に伝えられ、のちに南蘋派と ...

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