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米子市美術館所蔵品目録

米子市美術館所蔵品目録

米子市美術館所蔵品目録
発行日:1994年3月
発行:米子市美術館
内容:1994年3月31日現在の米子市美術館の所蔵作品を収録。

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収録作家一覧

靉嘔(1931-)洋画家、前衛芸術グループフルクサスに参加、虹シリーズで注目される
相笠昌義(1939-)洋画家、从会会員、日本版画協会会員
赤穂英一(1908-1996)写真家、歯科医、銀龍社を結成、元東京写真研究会会長
秋山庄太郎(1920-2003年01月16日)写真家、日本広告写真家協会名誉会長、日本写真協会副会長、日本写真芸術専門学校校長、二科会会員
足立正太郎(1901-1995)写真家、米子写友会の代表的写真家の一人
天野邦弘(1929-)版画家、日本版画協会名誉会員
綾女正雄(1903-1992)写真家、教鞭の傍ら写真を撮る、鳥取県歌人会副会長
荒川修作(1936-2010年05月20日)美術家・建築家、ドクメンタ・現代日本美術展をはじめ国際的な場で発表、前衛芸術の旗手として活躍
安藤勝(1903-1989)写真家、東中野の安藤カメラハウス開業、中野写友会創立
生田淳(1887-1966)写真家、米子社友会の発起人
池内広吉(1918-)写真家、写真家集団エタン派に加入
池田満寿夫(1934-1997年03月08日)版画家・小説家、芸術選奨「エーゲ海に捧ぐ」で芥川賞受賞、社会に話題を提供しつづけた戦後美術界のスターの一人
池本恵鳥(1909-1992)版画家、新制作展・日本板画院・日本版画協会展等出品、元鳥取大学教授
石井幸之助(1916-1997)写真家、元東京新聞社写真部長、内閣総理大臣官邸写真室初代室長
石津良介(1907-1986)写真家、中国写真家集団を結成、銀龍社創立に参加
伊谷賢蔵(1902-1970年03月27日)洋画家、行動美術協会の創立に参加、京都学芸大教授
伊藤悦三(1914-1991)写真家、新興写真を奉じて伯耆カメラクラブ(後に伯耆フォトクラブと改称)を結成
井上寿三(1906-1975)写真家、米子写友会参加、旧姓河合
井上宏通(1928-)写真家、植田正治に師事、写真家集団エタン派に参加
井上喜弘(1924-)写真家、写真家集団エタン派に参加
今城弘(1902-1982)写真家、中国写真家集団同人、白南風会を創立
入江甲(1929-1990年02月16日)彫刻家、日展会友、日本彫刻会会員
岩佐保雄(1902-1999)写真家、銀行を退職し岩佐写真機店を開業
岩津利行(1902-1992)写真家、大阪で写真館を営業
岩橋英遠(1903-1999年07月12日)日本画家、文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、芸術選奨、師安田靫彦・山内多門、日本美術院同人
岩宮武二(1920-1989年06月26日)写真家、日本写真協会理事、大阪芸術大学教授
岩本康義(1901-1999)写真家、米子写真師会評議員
植田正治(1913-2000年07月04日)写真家、写真家集団エタン派を結成、砂丘シリーズで高い評価を得る、第4回東川賞国内作家賞、フランス芸術文化勲章シュバリエ
植田充(1940-)グラフィックデザイナー、産業広告デザイン最優秀賞等受賞
魚住励(1898-1980)写真家、福原信三に師事、日本写真会会員、神奈川県観光写真連盟会長
宇佐美圭司(1940-2012年10月19日)洋画家、元京都市立芸術大学教授、元武蔵野美術大学教授
梅田倉一(1898-不明)写真家、中国写真家集団創立同人、広島フォト倶楽部を創立
遠藤曽舟(1907-)写真家、中国写真美術博覧会等出品、本名曽丹、後に岡崎と改姓
大草英雄(1913-1978)写真家、永瀬石油店に勤務しながら写真を撮る
大沢昌助(1903-1997年05月15日)洋画家、東美卒、元二科会会員、元多摩美術大学教授
大谷暢巳(1906-1992)写真家、鉄道省に務めながら写真を撮る、後の大谷と改姓
大原謙二(1904-1975)写真家、伯耆カメラクラブに参加、新興写真に傾倒する
大森一夫(1906-1990)写真家、銀行勤務の傍ら写真を撮る、中国写真家集団同人
大脇忠臣(1894-1966)写真家、米子写友会会誌「写友」の発行・編集を手掛ける
奥元次(1923-)写真家、植田正治に師事、写真家集団エタン派に加入
小作青史(1936-)版画家、日本版画協会会員、木版リトグラフを考案、多摩美大で後進の指導にあたる
影山磐溪(1906-1985)書家 、日展会友、千紫会常任理事
梶谷寿雄(1924-1986)洋画家、光陽会会員
片岡球子(1905-2008年01月16日)日本画家、文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞恩賜賞、師安田靫彦、日本美術院同人
勝谷木僊(1894-1978)日本画家、師西山翠嶂
門永錠(1922-1945)写真家、植田正治を中心とする日本海クラブや東京ファースト同好会に所属
金沢虹坡(1900-1990)日本画家、師川合玉堂、平和博・奉祝展等
加納光於(1933-)版画家、独学で銅板画制作を学ぶ、銅版画を使った表現を展開、造本や装幀も手がけた
柄澤齊(1950-)版画家、木口木版、日本版画協会会員、モチーフを謎めく歴史上の人物に求め自身を映すミロワールとして版刻
河内成幸(1948-)版画家、日本版画協会会員・常任理事
菊池俊吉(1916-1990年11月05日)写真家、東京光芸社写真部で報道写真家として活動、木村伊兵衛と「東京・1945年秋」を刊行
岸田淳平(1943-)洋画家、現代日本美術展等出品、一時東京で文筆活動をする
杵島隆(1920-2011年02月20日)写真家、写真家、草創期の広告写真界で活躍した、国画会会員、東京写真文化館長
北岡文雄(1918-2007年04月22日)版画家、東美で藤島武二に師事後木版画を手がける、春陽会委員、日本版画協会名誉会員、繊細な風景画を得意とした
北川民次(1894-1989年04月26日)洋画家、日本板画院の創立に参加、メキシコで活躍、元二科会会長
杵谷精一(1897-1970年05月31日)彫刻家、日本画府彫塑部理事・創立委員
来海久一(1909-)写真家、石油会社に勤務する傍ら写真を撮る、中国写真家集団同人
木村茂02(1929-)版画家、銅版画を泉茂に学ぶ、リュブリアナ国際版画展等出品
木村義雄(1899-1985)洋画家、川端画学校で藤島武二に師事、松江洋画研究所の結成に参加、元島根洋画会理事長
木山義喬(1885-1951)洋画家、渡米にサンフランシスコに絵画研究所を開設し活動、帰国後は根雨高等女学校で教鞭をつる
草部了圓(1901-1988)写真家、米子写友会に参加、中学校勤務等の傍ら写真を撮る
草間彌生(1929-)洋画家、文化功労者、水玉、網目、突起物を造型記号として前衛的作風を展開した
國頭繁次郎(1916-1969)洋画家、シベリア抑留後制作に没頭、新槐樹社展で最高賞を受賞し会員となる
国吉康雄(1889-1953年05月14日)洋画家、17歳で渡米、強い社会意識と哀愁の交錯する画風で米国で国際的作家としての地位を築いた、銅板・石版の名作も多い
熊谷清憲(1907-1992)写真家、倉吉相互写真研究会結成、米子で写真館を開く
黒崎彰(1937-)版画家、日本版画協会会員・理事、独特の黒色をベースにした多色木版画を国際展で多く発表、京都精華大学教授
桑原甲子雄(1913-2007年12月10日)写真家、写真家・編集者・評論家、「カメラ」「サンケイカメラ」「カメラ芸術」「季刊写真」「写真批評」の編集長を歴任
小泉清三郎(1905-1984)写真家、家業の合資会社小泉商店を継ぐ傍ら写真を撮る
香田勝太(1885-1946年09月13日)洋画家、東美卒、黒田清輝・和田英作に師事、文展等出品、東京女子美術専門学校西洋画科教授、辻晉堂らと麓人会を結成
神山典之(1928-)写真家、植田正治に出会い写真家集団エタン派に加入、写真館・神山文化堂を開業
古志谷均一(1901-1972)写真家、濱田勇と米子写真同好会を結成、植田正治と出会い山陰ロライ作家連盟創立に加入、中国写真家集団同人
小谷良徳(1908-2004年04月05日)洋画家、信濃橋洋画研究所に学ぶ、大阪にプロレタリア美術研究所を創立、自由美術協会会員を経て主体美術協会創立会員
後藤種吉(1907-)写真家、写真店カメラ堂開業、銀龍社結成に参加
古徳博美(1924-)写真家、コクトスタジオ開業、植田正治に師事
小早川秋声(1885-1974年02月06日)日本画家、京都絵画専卒、師山元春挙、元北京国画院顧問、日展委員、新古典派宗教画
小林和作(1888-1974年11月04日)洋画家、芸術選奨、独立美術協会会員、終生中央を離れ尾道で自ら民衆画家と称した
駒井哲郎(1920-1976年11月20日)版画家、日本版画協会会員、春陽会会員、東京芸術大学教授、鋭い線を持つ独自の銅板画の世界を築いた
五味一幸(1935-)版画家、元日本板画院会員
佐伯啓三郎(1918-1991)写真家、光・報道工芸株式会社設立、報道写真の撮影・映画制作に携わる
坂口平兵衞意誠(1906-1986)写真家、米子写友会に加入、衆議院議員
坂本隆敏(1911-1997)写真家、理髪店の傍ら写真を撮る
桜井尚(1943-)版画家、版画日動展等出品
笹鹿彪(1901-1977年09月08日)洋画家、日展参与、光風会評議員
笹島喜平(1906-1993年05月31日)版画家、日本版画協会名誉会員、棟方志功に師事し日本板画院の創立に参加、元国画会会員、風景・仏神像を多く描いた
笹本恒子(1914-)写真家、日本最初の女性報道写真家、日本写真家協会創立会員
佐藤吉彦(1917-1975年02月09日)洋画家、自由美術家協会会員を経て主体美術協会創立会員
澤井昌三(不明-不明)写真家、広島ハイキー倶楽部代表、中国写真家集団同人、ひろしま写団を創設
塩谷定好(1899-1988年10月28日)写真家、軟調描写で山陰の風物を写した、芸術写真研究会会員、日本光画協会会員
品川工(1908-2009年05月31日)版画家、国画会永年会員、日本版画協会名誉会員
篠田桃紅(1913-)書家 、水墨による抽象表現を展開
菅楯彦(1878-1963年09月04日)日本画家、日本芸術院賞恩賜賞、師塩川文麟、伝統雅楽の保存に尽力、父は菅盛南
菅井汲(1919-1996年05月14日)洋画家、芸術選奨、明快な色彩と幾何学的形態の作品を制作、国内外で評価された
杉本博司(1948-)写真家、ニューヨークを拠点に活動、国内外で高く評価されている
鈴木恒夫(1930-)写真家、日本デザインセンター写真部創立、渋谷にツネヲスタジオ設立
関野凖一郎(1914-1988年04月13日)版画家、芸術選奨、国画会会員、日本版画協会理事、日本銅板画家協会創立会員、日本エッチング協会創立
全和凰(1909-1996年10月07日)洋画家、行動美術協会会員
高木虹朗(1901-1945)写真家、広島ハイキー倶楽部所属、広島写友倶楽部創設
高嶋怜一郎(1918-)写真家、家業の呉服商を継ぐ傍ら写真を撮る、大原謙二の甥
高山辰雄(1912-2007年09月14日)日本画家、文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、師松岡映丘、日展顧問
田賀久治(1918-1986年11月11日)写真家、写真家・農業家、植田正治に師事、二科会会員
田崎廣助(1898-1984年01月28日)洋画家、文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、日展顧問、一水会運営委員
田辺良雄(1909-)写真家、東方社「日本カメラ」編集部、黎明社写真部等を経てタナベ写真工房設立
田渕巌(1901-1986)洋画家、川端画学校に学ぶ、新制作派協会結成に参加、故郷米子の高等学校で教鞭をとる
田淵安一(1921-2009年11月24日)洋画家、新制作協会会員、東大在学中猪熊弦一郎の指導を受ける、仏留学
田村栄(1906-1987年07月22日)写真家、全日本写真連盟関東本部委員、「フォトライムス」二代目編集長
田村純一(1907-2000)写真家、酒造業の傍ら写真を撮る
田村文雄(1941-)版画家、日本版画協会会員
丹慶三揚(1903-1984)日本画家、帝国美術学校洋画科助手を経て日本画に転向し山口蓬春に師事、市展・県展審
辻晉堂(1910-1981年08月18日)彫刻家、抽象彫刻で内外で活躍、京都芸術大学名誉教授、池袋モンパルナス小熊秀雄の像を制作
辻村修吉(1910-1991)写真家、山陰ロライ作家連盟に参加
富樫実(1931-)彫刻家、行動美術協会会員、師佐久間白雪・辻晉堂
徳久克巳(1910-2001)写真家、中国写真家集団同人、宗教法人・生長の家長老
土門拳(1909-1990年09月15日)写真家、日本報道写真家協会を設立、「絶対非演出の絶対スナップ」という写真論を展開、社会派リアリスムの世界を築いた
中林忠良(1937-)版画家、日本版画協会理事、東京芸大在学中から駒井哲郎の指導で腐蝕銅版画をはじめ、海外からも高い評価を得る
中村立行(1912-1995年03月30日)写真家、造形的斬新なヌードフォトで注目される、銀龍社参加
長濱慶三(1899-1975)写真家、国画会会員、毎日新聞社写真部顧問、低温現像液処方を発表した
西越茂(不明-1945)写真家、山陰ロライ作家連盟に参加、中国写真家集団同人
錦織徳次郎(1900-1990)写真家、山陰ロライ作家連盟に参加、にしこりカメラ店を開業
丹羽長兵衛(1901-1971)洋画家、安井曾太郎・石井柏亭に師事、二科展等出品
野田哲也(1940-)版画家、東京芸大大学院修了、リュブリアナ国際版画ビエンナーレ大賞、ノルウェー国際版画ビエンナーレ大賞等受賞
野村秋良(不明-1945)写真家、広島ウツソー倶楽部主宰、中国写真家集団創立同人、被爆しカメラを抱えたまま死去
萩原英雄(1913-2007年11月04日)版画家、元日本版画協会理事長
橋本興家(1899-1993年08月18日)版画家、日本版画協会名誉会員・元理事長
長谷川潔(1891-1980年12月13日)版画家、銅版、日本版画協会の創立に参加、フランス芸術院会員、一度も帰国することなくフランスで活躍
長谷川富三郎(1910-2004年08月19日)版画家、日本板画院名誉会員
浜口陽三(1909-2000年12月25日)版画家、日本版画協会名誉会員、自由美術家協会の創立に参加、半透明の中間調の銅版画を制作、海外で名声を高めた
浜田勇(1913-1994)写真家、古志谷均一らと米子写真同好会を結成、山陰ロライ作家連盟に加入
濱田台児(1916-2010年09月01日)日本画家、日本芸術院会員、日本芸術院賞、師伊東深水・橋本明治、日展顧問
浜田知明(1917-)版画家、東美油画科卒、現代日本美術展等出品、ウフィッツィ美術館個展
林忠彦(1918-1990年12月18日)写真家、文士写真の第一人者、銀龍社創立会員、二科会写真部を創設
樋口進亮(1908-1980)写真家、銀龍社結成に参加、元日本カメラ社(光芸社)社長
樋口忠男(1916-1992年08月17日)写真家、日本写真学園副校長、日本写真家協会名誉会員
平沢淑子(1944-)版画家、リヨン国際展グランプリ等受賞、パリ在住
平塚運一(1895-1997年11月18日)版画家、山本鼎の児童自由画および農民美術の育成運動に参加、創作版画運動の普及と教育に尽力した、日本創作版画協会創立に参加
平山郁夫(1930-2009年12月02日)日本画家、文化勲章、文化功労者、東美卒、師前田青邨、日本美術院同人・元理事長、元東京芸大学長、シルクロードを主なテーマとした
弘中満(不明-不明)写真家、中国写真家集団同人
深澤幸雄(1924-)版画家、日本版画協会名誉会員
吹田文明(1926-)版画家、日本版画協会名誉会員、モダンアート協会会員、圧力の強い木版プレスで刷る独自の技法を開拓
福井良之助(1923-1986年07月09日)洋画家、無所属、孔版画で国際的に注目され後の幻想的な油彩で人気を得た
福沢一郎(1898-1992年10月16日)洋画家、文化勲章、文化功労者、芸術選奨、超現実主義運動を推進した、独立美術協会・美術文化協会の創立に参加、元多摩美術大学
福田勝治(1898-1991年12月26日)写真家、女性写真の草分け的存在、「女の写し方」等刊行
藤井紀一(不明-不明)写真家、山陰ロライ作家連盟参加
藤井桂(1900-1967)写真家、中国写真家集団創立同人、葦陽写好倶楽部を主宰
藤庭賢一(1919-不明)彫刻家、行動美術協会創立会員、元京都彫刻家連盟会長
船越吉太郎(1896-1974)写真家、米子写友会の発起人となり中心メンバーとして活動、日本光画協会にも所属
舩坂芳助(1939-)版画家、春陽会会員、日本版画協会会員・理事
古市金峨(1805-1880)日本画家、師岡本豊彦、通称啓三・哲蔵、別号藍山
古川勉(1898-1983)写真家、米子写友会に加入、良善幼稚園長、鳥取県私立幼稚園協会会長
細谷巌(1935-)デザイナー、札幌オリンピック公式ポスター等制作
堀井英男(1934-1994年10月20日)版画家、銅版、日本版画協会会員、創形美術学校校長
堀内初太郎(1909-1986)写真家、岩宮武二らとシュピーゲル写真家協会創立、ルアンフォトス創立
堀内正和(1911-2001年04月13日)彫刻家、抽象彫刻を手がける、現代国際彫刻展大賞等、京都市立芸術大学名誉教授
堀江福太郎(1909-1967)写真家、龍銀社創立に参加、銀羊社・明光クラブに所属
前川千帆(1888-1960年11月17日)版画家、日展会員、日本版画協会・日本版画会の創立に参加、庶民の生活に根ざした素朴な木版画を得意とした
前田寛治(1896-1930年04月26日)洋画家、東美で藤島武二に師事、里見勝蔵らと1930年協会創立、帝展美術院賞
前田常作(1926-2007年10月13日)洋画家、元武蔵美大学長、日本芸術大賞、曼荼羅の世界を生涯のテーマとして描いた
正岡国男(1908-1978)写真家、広島写真連盟結成・会長
松浦満(1908-1998年12月18日)日本画家、師松林桂月、日展会員
松尾正雄(1914-1945)写真家、植田正治の影響で写真を始める、日本海クラブ会員
松尾幸夫(1922-)写真家、日本海クラブ・東京ファースト同好会に参加
真継不二夫(1907-1984年06月11日)写真家、芸術写真の時代を代表する写真家として活躍、日本光画協会創立
松崎滋(1950-)版画家、独学で絵を始め、ペン画・銅版画も手掛ける
松谷武判(1937-)版画家、具体美術協会に参加、東京国際版画ビエンナーレ等に出品
丸川侃二(不明-不明)写真家、光と影の会代表、中国写真家集団同人
緑川洋一(1915-2001年11月14日)写真家、中国写真家集団に参加し瀬戸内海を撮る、銀龍社に参加、歯科医院開業
南孝(1899-1978)写真家、植田正治の最初の写真の師、日本海倶楽部創立会員
宮下登喜雄(1930-2011)版画家、日本版画協会会員
棟方志功(1903-1975年09月13日)版画家、文化勲章、文化功労者、日本板画院を創立、日本版画会創立委員、縄文的な美で世界の注目を集めサンパウロ国際美術展等で受賞
村井正誠(1905-1999年02月05日)洋画家、自由美術家協会・モダンアート協会の創立に参加、武蔵野美術大学名誉教授、抽象的色面と太い線描を重ねた独自の構成
村上誠三(1899-1968)写真家、米子写友会の発起人となり中心メンバーとして活躍、岩宮武二は甥
村林忠(1915-1990)写真家、資生堂写真部勤務、福原信三・路草に師事、銀龍社創立に参加、日本広告写真家協会設立
目島計一(1927-)写真家、元東京フォトスクール教授、日本リアリズム写真集団創立
元谷督太郎(1918-)写真家、写真家集団エタン派に所属
森田光達(1898-1976)漆芸家、京都美術学校戸島塾で蒔絵を修得、独学で漆画の筆法に励む、「鯉の光達」と呼ばれた
森山美徳(1909-)写真家、米子写友会の参加、山根写真館に務め、結婚で山根姓となる
山内喜一(1903-1985)写真家、染色の仕事に従事する傍ら写真を撮った、京都写友クラブを結成
山下清澄(1941-)版画家、繊細な色調の多色刷銅板画を制作
山田榮一郎(1910-)写真家、光と影の会に参加
山根溪石(1927-1999年12月21日)書家 、日展会員、特選2、読売書法会理事、日本書芸院理事審査員
矢柳剛(1933-)洋画家、ブラジルのサンパウロやパリなどで活躍
吉田穂高(1926-1995年11月02日)版画家、日本版画協会理事、吉田博・ふじをの二男、国際的な版画賞を多く受賞、写真を使用した作品へと移行した
吉原英雄(1931-2007年01月13日)版画家、具体美術協会の結成に参加、京都市立芸術大学名誉教授
若山八十氏(1903-1983年10月23日)版画家、日本版画協会物故会員
脇田和(1908-2005年11月27日)洋画家、文化功労者、新制作派協会の創立に参加、鳥を主なモチーフに独特の安らぎある画風を展開

ジョン・バックランド=ライト(1897-不明)
ポール・カップドヴィル(1883-1964)
マルク・シャガール(1887-1985)
ベルナール・フォコン(1950-)
スタンリー・ウイリアム・ヘイター(1901-1988)
ダラ・ハズバンド(不明-不明)
アンドレ・マッソン(1896-1987)
ジョアン・ミロ(1893-1983)
パブロ・ピカソ(1881-1973)
マン・レイ(1890-1976)
イヴ・タンギー(1900-1955)

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