江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

UAG美術家研究所

皇室に献上した戦地写生画を描いた藤山鶴城

藤山鶴城「「明治三十七年戦役戦地写生図」4巻30図」のうち2図

藤山鶴城(1870-不明)は、丹後国(現在の京都府舞鶴市)の旧田辺藩士族の家に生まれた。京都府画学校に入学し、幸野楳嶺に学び、その後上京して野村文挙に師事した。初期には日本青年絵画協会に出品するなどしたが、その後は主な発表の場を日本美術協会に移した。

また、明治天皇の側近で初代侍従武官長をつとめた岡沢精に随行して日露戦争の戦地を視察し、その成果を「明治三十七年戦役戦地写生図」4巻30図にまとめ、のちに岡沢を通じて皇室に献上された。本図は、戦地写生と銘打っているが、戦闘を描くことはなく、戦争画というよりも、四条派の画家が異郷の風俗、風景をどのようにとられたかがうかがえる仕上がりとなっている。

下図は、15名の作家による寄席描きで、藤山鶴城をはじめ、森脇雲溪、島崎柳塢、佐藤紫煙、八木岡春山、松野霞城、團藍舟、高取稚成、今井爽邦、池上秀畝、伊藤龍崖、狩野探令、蔦谷龍岬、森村宜稲、大坪正義が描いている。田能村直入の箱書により、明治32年の作であることが分かっている。

狩野探令、池上秀畝ほか「草花図」

藤山鶴城(1870-不明)ふじやま・かくじょう
明治3年丹後国(現在の京都府舞鶴市)生まれ。名は復、字は天心。京都府画学校を修了。幸野楳嶺、野村文挙に師事した。明治26年日本青年絵画協会第2回絵画共進会に出品した。

京都(169)-画人伝・INDEX

文献:日本絵画・20世紀の草創、日本の花鳥画、日本美術院百年史1巻上