湯上がり文庫は、「湯上がりの恥ずかしがり屋」に掲載された、愛と哀愁に満ちたショートストーリー集です。


20.あきのじかん

第一話:普通の夜

昨日の夜は、皆様から頂戴したお祝いのコメントを胸に、世の中には有難いこともあるものだと感謝しながら、ひとり暴飲暴食をしておりました。

飲みながらずっと気になっていたことがあったのですが、ふとそれに気づきました。ボクのコメントの中で「瀬戸てんや・わんや」と書いたのは間違いで「獅子てんや・瀬戸わんや」だったのです。

それに気づいてからというもの、頭の中をあの不滅のギャク「たまごのおやじゃ、ぴ~よこちゃんじゃ、ぴ、ぴ、ぴ~よこちゃんじゃ、あひるじゃがあがあ」がグルグルと繰り返し出てきて、どうにもこうにも止めることができなくなりました。

最近のギャクは繰り返してもせいぜい3回までで、3回目になると本人も周りもオチをつけないといけないと焦りはじめる傾向にありますが、この不滅のギャクは言い始めたら最後、エンドレスまたはフェードアウトです。

頭の中を不滅のギャクがエンドレスで繰り返されるなか、いつもオチばかりを考えているボクは、言いようのない安堵感に包まれていました。

古いからいいというわけではないし、たまに思い出すからいいのかもしれないし、長い時間が付加価値をつけることもあるでしょうが、変わらないことや当たり前のこともいいものだと思えた夜でした。

第二話:夜が普通でなくなる時

頭の中を「ぴ、ぴ、ぴ~よこちゃん」が駆け巡る中、お祝いのメーセージに対する感謝の気持ちに酔いしれていたのですが、ふと今度は自分が誕生日を祝福する側にまわろうと思いたち、近所のスナックに向かいました。ここのママはそろそろ誕生日を迎えるはずで、確かボクの誕生日を聞いて「わたしと一日違いね」と言っていたはずです。

しかし、前日の17日である可能性もあるわけで、ボクは一抹の不安をかかえながら店に入りいつものカウンターの席に座りました。

するとママがすかさず「今日誕生日ね、日付が変わっちゃったけどおめでとう」と言ってきて、ボクはあっさり先手を取られました。ママは続けて「わたしと一日違いね」と以前聞いたことと同じことを言い、「日付変わったから今日なのよね」と続けざまに告白し、ボクの付け入るスキをアッサリとすべて奪い去りました。

とりあえず前日でないことが判明してよかったのですが、さて、これからどうすればいいのかが問題になります。今さら「おめでとう」と言ったところで形式的すぎて相手の心に伝わりません。意外性がなくては喜びというものは生まれないものです。

ボクは考えた末、ポケットの中に突っ込んでいたコンビニのレシートを取り出し、それを眺めながら作戦を練りました。

最終話:「おめでとう」の言葉

レシートは二週間ほど前にこの店に来る前に寄ったコンビニのもので、ボクはそれに「おめでとう」と書いてママに見つからないように、手の中に隠しました。

この「おめでとう」と書いたレシートを店のどこかに隠し、それをママが今日中に見つけるように仕向ければよいわけです。するとレシートを見つけたママはその日付から「あら、二週間も前に覚えていてくれたのね」と感動するという手はずです。

ボクは店の中でレシートを隠す場所を探しました。しかし「二週間見つからずに今日中に見つかる」という条件はなかなかクリアーできなくて、ボクは頭の中で店のあらゆるところに、この「おめでとう」の言葉を置いてシミュレーションしてみました。

入り口の横にある電話の下にも心を込めて「おめでとう」の言葉を置いてみました。しかしここでは他の人に見つかるかもしれません。奥にある熱帯魚の水槽の横にも置いてみましたが、ここは見つかりそうにありません。カウンターの花瓶の下にも、おしぼり機の下にも、額縁の裏にも、店のあらゆるところに「おめでとう」の言葉を隠してみたのですが、なかなかしっくりくる場所がなくて、やがてボクの頭の中では、この店が「おめでとう」の言葉で埋め尽くされてしまいました。

結局、レシートを隠す場所は見つからず閉店の時間になってしまい、帰り際ママが「どうしたの、ぜんぜん酔ってないね」と言うので、ボクは「まあね」と答えながら、「おめでとう」の言葉でいっぱいになった店の中をちょっと見ました。

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