円山応震「駱駝図」プライスコレクション
円山応震(1790-1838or1840)は、円山応挙の二男・木下応受の子として生まれ、のちに伯父にあたる円山派2代目・応瑞の養子となり宗家に入り、円山3代目を継いだ。伝記はほとんど知られていないが、応挙から続く円山派の画風を受け継ぎ、人物、山水、花鳥など幅広い画題をこなした。
円山応震(1790-1838or1840)まるやま・おうしん
寛政2年京都生まれ。円山派3代目。応挙の二男・木下応受の子で応瑞の養子となった。本姓は源、字は仲恭、号は百里、星聚館、方壺子。主馬亮、主水と称した。天保9年(一説には天保11年)死去した。
木下応受(1777- 1815)きのした・おうじゅ
安永6年京都生まれ。円山応挙の二男。円山応震の実父。水石と号した。儒医・木下直一の家を継ぎ木下姓となった。大乗寺の障壁画制作時には10代で参加した。文化12年、39歳で死去した。
京都(113)-画人伝・INDEX
文献:円山応挙から近代京都画壇、京都画壇の一九世紀(2)、プライスコレクション若冲と江戸絵画