湯上がり文庫は、「湯上がりの恥ずかしがり屋」に掲載された、愛と哀愁に満ちたショートストーリー集です。

12.鳥籠

第一話:なぞの行列

先日、昼ごはんでも食べようと思って定食屋を探しながら歩いていたのですが、ちょうど昼休みの時間帯だったせいか、あちこちの店の前で行列ができていて、並ぶのが嫌だったので、どこに入るか決められずにウロウロしていました。

ふと見るとビルとビルの間のところに行列ができていて、行列の先は見えなかったのですが何か期待を持たせるような雰囲気がありました。近づいてみると、行列の先には蔦がびっしり絡まった古い洋館が立っていて、いかにもレトロないい雰囲気でした。

並んでいるのも若い女性が多いようなので、きっとこの洋館に新しい評判の店がオープンしたのだろうと思い、並ぶのは嫌だったのですが、今日のランチはここしかないなと決心し、覚悟をきめて行列の最後に並びました。

行列に並び、改めて他の人たちをよく見てみると、いろいろと奇妙なことに気がつきました。まず、お客さんはみんな不自然なくらい鮮やかな色の服を着ていました。しかしそれに反して表情は暗く、どこか思い詰めたような感じがしました。そして最も奇妙だったのはみんなが持っているものでした。どうしたことか並んでいるお客さんはすべて、手に鳥籠を下げていたのです。

何人かの鳥籠をのぞいてみましたが、鳥は入っていませんでした。するとあの洋館の中には小鳥屋があって、話題の小鳥が入荷したのでみんな鳥籠を持って買いにきているのでしょうか。ちょっと考えにくいことですが…。

どう考えても食べ物屋さんの行列ではなさそうだったのですが、ボクはとりあえず並んでみることにしました。

第二話:ミカンのネット

行列に並んだのはいいのですが、困ったことにボクは鳥籠を持っていません。見渡してみても鳥籠を持っていない人はいないし、入ってから知らなかったということにすればいいかとも思ったのですが、一人だけ鳥籠を持っていないというのも居心地が悪いものです。

そこで何か代わりになるものはないかとカバンの中を探してみたのですが、先日新幹線の中で買った冷凍ミカンが入っていたネットしかありませんでした。これが鳥籠の代わりになるとも思えなかったのですが、網目があるし、少なくとも今持っているものの中では最も鳥籠に近いので、これを代用にすることにしました。

ボクはミカンのネットの底に読みかけの単行本を敷き、それをぶら下げてみました。とても鳥籠には見えませんでしたが、なんとかそれらしくなったような気もしてきたので、それを持って並ぶことにしました。

ミカンのネットをブラブラさせながら、しばらく並んでいて気がついたのですが、ボクが行列に並んでから、うしろに並ぶ人がまったく現れず、ずっとボクが最後尾でした。また、行列はどんどん洋館の中に吸い込まれていっているのに、出てくる人がいません。出口は別にあるのでしょうか。

不思議に思いながらも行列は少しずつ前進し、30分ほどで洋館の玄関のところまでたどり着きました。玄関には小さな看板が掛かっていて、それは流木のように古くなっていて朽ちかけていました。そして、消えかかった文字で「占い」と書いてありました。どうやらここは「占いの館」のようです。ということはこの情況から判断すると、どう考えても「鳥籠占い」です。

ボクは自分がぶら下げているミカンのネットを見て、ちょっと逃げ出したくなりました。

第三話:占いの館

ボクの前には鮮やかな青い服を着た小柄な女性が並んでいて、丸みを帯びた豪華な鳥籠を重そうに持っていました。その鳥籠は高級そうな鈍い光を放っていて、アンティークとしても価値のありそうなものでした。青い服の女性はずっとうつむいたままで、よほど深刻な悩みを抱えているようでした。

洋館のドアは開けっ放しで、そこから相談者たちは入っていきました。相変わらずボクのうしろには誰もいなかったので、ボクは青い服の女性のあとについて入ると玄関のドアを閉めました。洋館の中にも行列は続いていて、その先には大きな扉の部屋がありました。どうやらそこが「占いの部屋」のようです。

ボクは手にしたミカンのネットを握りしめました。

相談者たちは一人ずつ占いの部屋に入っていき、やはり誰も出てきませんでした。やがて部屋の前にはボクと青い服の女性の二人きりになり、しばらくすると中から「どうぞ」という声がしました。

次は青い服の女性の番なのですが、彼女は少しドアを開けたままなかなか中に入ろうとせず、あまりにもグズグズしているので、ボクはたまらず小柄な彼女の頭越しにドアの隙間から中をのぞいてみました。中には黒いクロスを掛けたテーブルが一つ置いてあるだけで、そのテーブルの向こうにカラフルな服を着た女性が座っていました。彼女が占い師なのでしょう。

その占い師がふと顔を上げた時、その瞬間からボクは彼女から目をそらすことができなくなりました。まさに黒い瞳に吸い込まれそうになってしまったのです。ボクはそのまま彼女に釘付けになり、ドアの隙間に顔を挟んだまま呆然としていました。

美人占い師はボクの熱い視線に気づいたのか、「次の方もどうぞ」と言ってくれたので、ボクは他人の迷惑を考える余裕もなく、吸い込まれるように青い服の女性のあとをついて部屋の中に入っていったのです。

第四話:美人占い師

部屋に入ってもボクはその占い師に見とれていました。彼女はボクの存在をまったく気にせずに青い服の女性の相談にのっていました。相談にのると言っても、青い服の女性はうつむいたままで、いっこうに口を開こうとせず、テーブルの上に置いた手は小刻みに震えているようでした。占い師はその震えが止まるのを待っているかのように、ただ黙って慈しむように彼女を見つめていました。

ボクはドアにもたれかかってその様子を眺めながら考えていました。この占い師にはどこかで会ったような気がしていたのです。そのカラフルな服装も、華やかだけれども清楚な雰囲気も、そしてやさしくてどこか強い意志を持った瞳も、彼女のすべてが過去出会ったもので、そのすべてがボクを魅了したものでした。しかし、それがいつだったのかはどうしても思い出せませんでした。
      
しばらくして占い師が青い服の女性の手の上に自分の手を静かに重ねました。すると青い服の女性は顔を上げ、占い師を見ました。しかしその時、占い師の視線は彼女に向けられていたのではなく、ボクのほうに向けられていたのです。

ボクは彼女のやさしくも強い視線を突然受け、またしても彼女に見入りました。そしてその時、過去の記憶が蘇ってきたのです。ボクはすべてを理解しました。この占い師の正体も、そして彼女が何をしたいのかも。
           
占い師はボクを見つめたまま青い服の女性の耳元に唇を寄せ、やさしく「もういいのよ」とつぶやきました。

すると、青い服の女性は安心したように笑顔を見せ、小さくうなずくとスクッと立ち上がりました。次の瞬間、彼女は小さな青い鳥に姿を変え、テーブルの上に飛びのったのです。そして2、3度羽ばたくと、思い切ったように窓から飛び出していきました。やがて彼女は雲の間に消え、すぐに見えなくなりました。

ボクは彼女の後姿を目で追い、それが見えなくなると占い師の方を向き直りました。そしてすべてを覚悟し、ゆっくりと椅子に腰掛けました。

最終話:小さな羽音

もうボクはすべて分かっていました。この占いの館は、小鳥たちの駆け込み寺です。鳥籠に閉じ込められ、自由を失ったまま無念の一生を終えた野鳥たちの魂が、憎むべき鳥籠を持って集まった怨念の館なのです。

そしてこの美しい占い師の正体も小鳥です。小鳥の化身なのです。ボクに見覚えがあるのも当然で、彼女はボクが小学生の頃飼っていて、未熟な愛情ゆえに死なせてしまったあの美しい野鳥だったのです。

ボクは両手で顔を覆いました。もうすべてを思い出しました。小学生の頃、ふとしたことから捕まえてしまった美しい小鳥を家に連れて帰りました。野鳥を飼う方法も知らず、小さな鳥籠に入れていたのですが、その小鳥は騒ぐことも暴れることもなく、丸く黒い目をしてボクを見つめていました。

ボクは必死になってエサを探してきて小鳥にあげたのですが、小鳥はボクのほうを見つめるだけで、いっこうに食べてくれませんでした。二日目の朝、さすがにこのままでは小鳥が死んでしまうと思い逃がそうとしたのですが、ボクをじっと見つめる目がいとおしくて、その美しい姿を手放したくなくて、苦しい思いをさせ死なせてしまったのです。

ボクは手の震えを抑えるように両手の指を組み、祈るようにテーブルの上に置きました。きっと彼女はボクを責めるようなことはないでしょう。今もあの時のように無垢な目をしてボクをみつめているに違いありません。だけどもうボクには彼女の顔を見ることはできないのです。あれから何も進歩することなく劣情に振り回されながら生きてきました。彼女の死を省みることもなく、年月の数だけ堕落してきたのです。

彼女はボクの組んだ両手の上にそっと手を重ねました。ボクは顔を上げることもできずにその指先を見つめていました。

やがて小さな羽音がして、彼女は飛び立ちました。

ボクは彼女の手の重みがかすかに残った両手をみつめたまま、しばらく動くことができませんでした。

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