湯上がり文庫は、「湯上がりの恥ずかしがり屋」に掲載された、愛と哀愁に満ちたショートストーリー集です。

01スーパー物語

第一話:スブタとタマネギ

近所のスーパーに行ったら「タマネギを入れるだけで出来るスブタ」というレトルト商品が目にとまりました。最近のレトルト商品はちょっとひと手間かけるというのがはやっていて、この商品も「タマネギを切って入れるだけで本格的スブタの出来上がり!」というコンセプトなのでしょう。

ものすごく興味は沸いたのですが、ウチにはタマネギがありません。
というより、キャベツもニンジンもないし、野菜類なんてな~んにもありません。
ということはこの「タマネギを入れるだけで出来るスブタ」を楽しむためには、同時にタマネギも買わなくてはいけません。

ここで悩みました。

この「タマネギを入れるだけで出来るスブタ」とタマネギを同時にレジに持っていくと、きっとレジのおねえさんは「ああ、この人はタマネギを切って、“タマネギを入れるだけで出来るスブタ”に入れるのね」と思うに違いありません。

まさにその通りなのですが、そこまで行動を見透かされてしまってはたまりません。

そこで、今晩の行動をカムフラージュするために今日はタマネギだけ買うことにしました。これで、レジのおねえさんもこのタマネギをどのような目的で使うのか判断することは困難でしょう。

ボクはタマネギが数個入ったネットみたいなヤツを持ってレジに向かいました。

第二話:ホイコーローとキャベツ

冷蔵庫の中には昨日買ったタマネギが五個ほどあります。
ボクはそれを眺めながら心踊らせました。
なんたって、このタマネギをサクサクッと切って、あの「タマネギを入れるだけで出来るスブタ」に入れれば本格的スブタが出来上がるのです。

ボクは小躍りしながらいつものスーパーに行きました。

息せき切って「タマネギを入れるだけで出来るスブタ」の売り場に駆けつけ「タマネギを入れるだけで出来るスブタ」を手に取ろうとしてのですが、ここでまたハタと悩みました。
こんな小さなスーパーだから、レジのおねえさんは昨日ボクがタマネギを買ったことを覚えているに違いありません。それも五個も。

今日ボクが「タマネギを入れるだけで出来るスブタ」を買えば「ああ、この人は昨日買ったタマネギをサクサクッと切って、この“タマネギを入れるだけで出来るスブタ”に入れるのね。五個もあるから明日も“タマネギを入れるだけで出来るスブタ”を買うかもしれないわ、明後日もね」と思うに違いありません。

そうすると今日恥をしのんでこの「タマネギを入れるだけで出来るスブタ」を買ったとしても、冷蔵庫の中にタマネギが五個あることを知られている以上、このおねえさんはボクが「タマネギを入れるだけで出来るスブタ」を買うたびに、「あとタマネギは4つね」とか「あと3つね」とかカウントダウンするに違いありません。

ボクは思わず隣にあった「キャベツを入れるだけで出来るホイコーロー」を持ってレジに向かいました。

第三話:第三の野菜

冷蔵庫の中にはタマネギ五個と「キャベツを入れるだけで出来るホイコーロー」があります。わかっていたことではありますが、ミスマッチです。

これがキャベツと「タマネギを入れるだけで出来るスブタ」との組み合わせだったらまだマシです。

「スブタ」は文字通り、酢の味がする豚肉が主役なのだから、タマネギくらいなくてもなんとか「スブタ」になります。つまり「タマネギを入れるだけで出来るスブタ」はそれだけでも「スブタ」になりうる準自己完結食品なのです。

それに引きかえ「ホイコーロー」は、いわばキャベツと豚肉の炒めものですから、キャベツがなければ「ホイコーロー」になりません。悲しいことにボクが買ってきた「キャベツを入れるだけで出来るホイコーロー」はキャベツに対する依存度の高い超依存食品なのです。

と悩んでいる場合ではありません。
なんとかキャベツを手に入れなくてはいけません。

ボクはいつになく強い決意を秘めてスーパーに向かったのですが、閉店間際に行ったためキャベツは売り切れていました。とりあえず難関を回避できた安心感からボクは店内をすこしブラブラしてみました。「タマネギを入れるだけで出来るスブタ」も目に入りましたが、まだ買うには時期尚早です。

となると買うものがありません。

だからと言って何も買わないとレジのおねえさんは「ああ、あの人は昨日買った“キャベツを入れるだけで出来るホイコーロー”に入れるキャベツを買いにきたのに売り切れてて買えなかったのね。だったら家にタマネギが五個あるんだから“タマネギを入れるだけで出来るスブタ”を買えばいいのに」と思うに違いありません。

ボクは迷ったあげく、ニンジンが数本入った袋を持ってレジに向かいました。

最終話:戦いは終わった…

冷蔵庫にはタマネギ五個とホイコーローのレトルト食品、そしてニンジンが数本入っています。ボクはそれを眺めながら、気持ちがだんだん平穏になっていくのを感じていました。もし、昨日ニンジンを買っていなければ、ボクは心の中でうごめいていた「妥協の悪魔」の餌食になっていたかもしれません。

このところずっと「キャベツを入れるだけで出来るホイコーロー」にタマネギを入れてしまおうと考えていました。今までの食経験からしても、それはそれでけっこうおいしいのではないかと、妥協の悪魔がずっとささやきかけていたのです。だけどそれは「キャベツを入れるだけで出来るホイコーロー」にとってもタマネギにとっても不幸な出来事です。

昨日ニンジンを買ってきて目が覚めました。いくらなんでも「キャベツを入れるだけで出来るホイコーロー」にニンジンを入れようとは思いません。そう、ニンジンの登場で、やっとタマネギの気持ちやレトルト食品の立場が理解できるようになったのです。

ボクは昨日ニンジンを買うときのレジのおねえさんの高揚した顔を思い浮かべました。
ニンジンを目にした彼女は明らかにいつもと違う表情でボクをみつめ、そしてニンジンの入った袋を手にしました。

きっとその時彼女はこう思ったに違いありません。
「まあ、ニンジンを買うなんて、なんて思慮深い大人の男性かしら。ニンジンはどんなレトルト食品に入れても簡単にスブタやホイコーローになったりしない、信念の野菜よ。ニンジンをおいしくいただくにはじっくり煮たり、他の食材との綿密な組み合わせを考えたりとか、大きな視野に立った長期的展望が必要だわ。この人にはそれを実行する行動力があるのね。ス・テ・キ…」

ボクは冷蔵庫からニンジンを一本取り出し、しばらくそれをみつめ、そしてすべての終わりを悟った勇者のように思い切りよく二つに折り、豪快にかぶりつきながら叫びました。

「もっとワイルドに生きなきゃ~! ヒヒ~ン」

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