江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

UAG美術家研究所

晩年は京都に戻り絵所預復帰を目指した土佐光則

土佐光則「雑画帖」

土佐光則(1583-1638)は、光吉の子と伝わっており、父とともに堺で活動した。父と同様に源氏絵の作品を多く残しているが、父の大画面方式とは対照的に小さな画面に緻密に描いた作品が多い。晩年は京都に移住し、土佐派の絵所預復帰を目指していたようだが、それは光則の代ではかなわなかった。

掲載の「雑画帖」は、年中行事や芸能、花鳥や草虫などさまざまな画題を色紙に描き画帖仕立てにした作品で、上下あわせて33枚あり、上は春夏、下は秋冬の季節を意識した構成になっている。手のひらほどの大きさの色紙に細部まで精密に描かれている。

土佐光則(1583-1638)とさ・みつのり
天正11年生まれ。土佐光吉の子(光吉の弟子、光茂の三男との説もある)。名は源左衛門または右近。のちに剃髪して宗仁、宗任と号した。光吉とともに堺で土佐派の画系を守っていたが、寛延11年京都に移住して土佐派の再興を目指した。寛永15年、56歳で死去した。

京都(73)-画人伝・INDEX

文献:近世やまと絵50選、やまと絵日本絵画の原点、もっと知りたいやまと絵、日本美術全集9