平尾竹霞「曲淵躑躅」亀山鳳水帖より
平尾竹霞(1856-1939)は、丹波篠山(現在の兵庫県丹波篠山市)に生まれ、16歳から京都に出て、四条派の塩川文麟に学んだのち、南画家の田能村直入に師事した。伝統的な南画の精神を受け継ぎながらも、写実的な独自の視点も取り入れ、各地の絶景を描き続けた。
掲載の「亀山鳳水帖」は、京都の保津峡に取材し、さまざまな地点からの景観を12図に描いたもので、大正4年に大礼を祝して皇室に献上された。画帖の巻頭には宮内大臣・土方久元による筆で「亀山鳳水」という墨書があり、巻末にも土方によるこの地の景勝を詠んだ漢詩が記されている。
平尾竹霞(1856-1939)ひらお・ちくか
安政3年丹波篠山(現在の兵庫県丹波篠山市)生まれ。名は経真、字は明卿。塩川文麟に学んだのち、田能村直入に師事した。師の直入とともに日本南画協会の創立に尽力した。京都三条に茶屋・高風閣を建て、文人墨客と広く交流した。大正10年、83歳で死去した。
京都(161)-画人伝・INDEX
文献:日本の花鳥画、名所絵から風景画へ