紀広成「羅漢図」京都国立博物館蔵
紀広成(1777-1839)は、京都の人で、幼いころから画を好み、四条派の祖・呉春の門に学んだ。呉春門下の高弟の一人として重きをなしたが、師の没後は画風を大きく変え、道釈人物画や仏画を中心に独特の作例を残した。
個性の強い人物画(羅漢図)で知られ、衣文や肉身を構成する軽く柔らかな線描、肌色や茶色、鶯色など淡彩中心の色調、定型図像にとらわれない人物の自然な姿勢や視線表現などで新奇な人物画の世界を展開した。
在家の人物ながら仏法に深く帰依し、観音大士堂を建立して一日中読経し、数か月も肉食を絶つといった生活を送っていたとも伝わっている。いわゆる奇人と称される一面を有していたようで、そうした人物だからこそ、独自の画境を築くことができたともいえる。
紀広成(1777-1839)きの・ひろなり
安永6年生まれ。京都の人。山脇東暉ともいう。本姓は紀氏、姓は山脇、名は広成、字は子憲、または子工。別号に菩提、自覚、東暉庵、既白などがある。呉春の門に学んで四条派風の画を描いたが、のちに仏画や道釈画を描き一風格を示した。一時は四条派画人がひしめく市中を離れて嵯峨天龍寺門前に居を構えたが、文政年間後半には四条東洞院西に居を移している。天保10年、63歳で死去した。(天保13年没という説もある)
京都(119)-画人伝・INDEX
文献:京都画壇の一九世紀(2)、京都観音めぐり 洛陽三十三所の寺宝、日本画家人名事典