江戸時代を中心に全国各地で活動していた画家を調査して都道府県別に紹介しています。ただいま近畿地方を探索中。

UAG美術家研究所

埼玉県・喜多院「職人尽絵屏風」を描いた狩野吉信

狩野吉信「職人尽絵屏風」のうち「鍛冶師」埼玉県川越市・喜多院

狩野吉信(1552-1640)は、狩野元信の孫、もしくは元信の弟・之信(雅楽助)の孫とも伝わっており、おそらく狩野家の血族だったと思われる。画を狩野永徳光信に学び、人物、風俗画を得意とした。狩野孝信の子・安信が6歳の時に父を亡くし狩野宗家を継いだ際、その後見人として一時江戸に移ったが、また京都に戻り禁中御用絵師をつとめた。

吉信の画業については不明な点が多いが、埼玉県川越市の喜多院に伝わる「職人尽絵六曲屏風」が吉信の筆とされている。同屏風は、江戸初期の市中に住んでいた職人の姿を描いた24図を屏風の各曲に2図ずつ貼ったもので、「仏師」「傘師」「筆師」「鎧師」「経師」「糸師」「形置師」「革師」「扇師」「檜物師」「研師」「弓師」「珠数師」「鍛冶師」「機織師」「刀師」「矢細工師」「蒔絵師」「向膝師」「番匠師」「畳師桶師」「縫取師」「纐纈師」「蒿細工師」が描かれている。

背景も詳細に描かれており、働く職人の日常の情景がよく分かり、職人師研究上貴重な資料とされている。掲載の「鍛冶師」には、2人の鍛冶職人の働く姿が描かれており、壁にはシャベル型のスキやカマ、ノコギリ、火箸、錠などがかかっている。注文品の条件をメモしたものや図面なども貼っており、鳥籠で小鳥を飼っている様子も興味深い。

狩野吉信(1552-1640)かのう・よしのぶ
天文21年京都生まれ。村井左門元季の子とされるが、一説には狩野元信の孫とも、狩野之信の孫ともいわれる。画は永徳、光信に学び、人物、花鳥、風俗画を得意とした。遠寛永17年、89歳で死去した。

京都(57)-画人伝・INDEX

文献:日本の美術17 桃山の風俗画、江戸科学古典叢書6(七十一番職人歌合,職人尽絵,彩画職人部類)