渡辺南岳「俊蔭ノ女図」洛東遺芳館蔵
渡辺南岳(1767-1813)は、京都の人で、円山応挙晩年の弟子のひとりで、はじめ源琦に学び、のちに応挙に師事したと思われる。また、尾形光琳に私淑して装飾的な技法も取り入れ、独自の画風を確立した。南岳の美人画は、同門の山口素絢の美人画とともに賞賛されたという。
交遊関係は広く、呉春門の松村景文や岡本豊彦、蕪村門の俳人たちとの交流が知られており、俳諧に関する版本や挿絵など俳諧刷物も数多く手掛けている。のちに江戸に出て酒井抱一、谷文晁や俳人とも交流し、円山派を江戸に広めた人物と考えられている。
渡辺南岳(1767-1813)わたなべ・なんがく
明和4年京都生まれ。名は巌、字は維石、通称は猪三郎、または小左衛門。円山応挙に師事し、応挙門下十哲のひとりに数えられた。光琳の装飾的な技法も取り入れ、独自の画風を確立した。のちに江戸に出て円山派の画風を広め、谷文晁、酒井抱一らと交遊した。門人に大西椿年らがいる。文化10年、46歳で死去した。
京都(102)-画人伝・INDEX
文献:円山応挙から近代京都画壇、京都画壇の一九世紀(2)、江戸の美術大図鑑、プライスコレクション若冲と江戸絵画