画人伝・富山

幕末明治の京都画壇で南画の普及に貢献した谷口藹山

2022/8/4  

谷口藹山「霜天晩興図」 谷口藹山(1816-1899)は、越中国新川郡鉾ノ木村(現在の立山町)の農家に生まれ、幼いころ富山町の分家に養子に出た。18歳の時に江戸に出て谷文晁の門に入り、文晁とその門下の ...

京都御所に花鳥画を描き名を高めた吉田公均

2022/8/1  

吉田公均「金碧西園雅集図」富山市立郷土博物館蔵 吉田公均(1804-1876)は、越中江上村(現在の富山県中新川郡上市町)の農家に生まれた。幼いころから画才を発揮し、それを認めた近所の住職の勧めで、1 ...

富山藩主・前田利保が編纂した植物図譜『本草通串証図』の下絵を描いた山下守胤

2022/7/28  

『本草通串証図』 山下守胤(1786-1869)は、富山城下平吹町の富山藩御用の染物紺屋の山下屋に生まれた。幼いころから画を好み、家業を継がずに森探玉斎について画を学び、のちに江戸に出て狩野派の画法を ...

岸駒の跡を継いだ岸岱と岸派の画家

2022/9/24  

岸岱「虎図」(模写、原図は岸駒)富山市佐藤記念美術館蔵 岸駒を祖とする岸派は、岸駒没後は、二代目・岸岱、同時代に活躍した岸良、三代目・岸連山へと受け継がれた。流派としての岸派は、四代目の岸竹堂か連山の ...

京都画壇で明治まで続く岸派の基礎を築いた岸駒

2022/7/26  

岸駒「虎図」 岸派の祖・岸駒の生い立ちに関しては不明な点が多く、生地については富山説と金沢説がある。家伝では岸駒の父親は、加賀前田家の支藩である越中富山藩を退官して金沢に移ったとされ、岸駒は金沢におい ...




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