湯上がり文庫は、「湯上がりの恥ずかしがり屋」に掲載された、愛と哀愁に満ちたショートストーリー集です。

69.早朝のギター弾き

第一話:早朝のギター弾き

先週の金曜日は珍しく深酒しなかったので、土曜日はいつものように早く起きて、ぼんやりと近所の公園を歩いていました。

いつもよりはちょっと時間が遅かったこともあり、土曜日の公園はにぎわっていて、混雑していると言ったほうがいいくらいでした。

しばらく歩いていると、ちょっとした人だかりがあったので覗いてみると、数人の観衆に囲まれて中年の男がギターを抱えて何かしゃべっていました。

この公園では、定番のトランペット吹きから、ちょっと変わったところでは落語家まで、いろいろな人がそれぞれの練習をしているのですが、大道芸的にMCをやっている人は珍しく、ちょっと興味を持ったので見てみようと思ったのですが、なにぶん観客が少ないので、あの中に入ってしまうと、抜ける時に抜けにくいのでないかと悩んだ末、少し離れた木の影から観察することにしました。

その中年のギター弾きは、いっこうにギターを弾く気配を見せず、切々と人生を語り続けていました。

第二話:意外な話術の持ち主

その中年男はギターを抱えたまましゃべり続け、いっこうにギターを弾こうとはしませんでした。話の内容としては、最初に彼が自分のプロフィールをしゃべっているところまでは聞いていたのですが、すぐに木陰まで離れてきてしまったので、それからどんな展開になったのかまったく見当がつきませんでした。それでも時々観客がドッとわいているところをみると、彼はかなりの話術の持ち主のようでした。

こんなに道行く人の心を掴むとは、いったいどんな話をしているのだろうかと思い、彼の話が聞けるギリギリのところまで近づいてみようとして、ハタと考えました。

さり気なく近づくのはけっこう難しいもので、なんといっても観客が少ないので、まっすぐ彼に向かって歩いていけば、それを見た彼は「ああ、僕の話を聞きにきている人がいる」と思うに違いありません。それではあまりにもあからさま過ぎて、秘密がなさすぎます。

それに彼は、まがりなりにもギターを抱えているわけですから、ギターを弾くタイミングを計っていることは間違いないでしょう。とすると、もしかしたら彼は「あと一人観客が増えたら、ギターを弾こう」と考えているかもしれません。そうするとボクが観衆の一人に加わることによって彼の話は中断し、それに聞き入っていた観客たちはがっかりするでしょう。そうなればみんなボクのせいです。

ボクは悩んだ末、もう少し木陰から見守ることにしました。

彼は相変わらずしゃべり続け、観客がドッとわく回数も増えてきました。

第三話:決定的な最後の一人

時々お客さんがドッとわくので、散歩をしている人も足を止め覗き込むようになってきて、だんだん観客の数が増えてきました。

ボクは一人増えるごとに歌が始まるんじゃないかと思って、ドキドキしながら見守っていたのですが、すでに観客の数は十数人を超えたというのに、いっこうに歌は始まりませんでした。

それどころか、立ち去る人もなく、観客たちはおおいに盛り上がるばかりでした。

こうなってみると、やはりそばで見てみたいと思うのが人情というもので、観客の数も増えたことだし、ボク一人がこれに加わったところで何の変化もないだろうと思い、ボクはそろそろと観客の輪に近づいてみました。

そしてやっと彼の声が聞こえるくらいの所まで来て、盛り上がっている観客の隙間から、あくまでも控えめに恐る恐る中の様子を覗き込みました。

しかし、間の悪いことに男と目が合っていまい、それが合図のように彼は「よし、いま一人増えたんで、いよいよ歌うぞ」と叫ぶと、ギターを持ち直したのでした。

ブーイングとともに観客たちが、ボクのほうを振り返ったのは言うまでもありません。

第四話:残された善良な市民

彼は切々と歌い始めました。おそらく自作の曲なのでしょうが、「愛」だの「君」だのがやたらと入った素人っぽい歌詞で、メロディも聞いているだけで滅入ってしまうくらいの出来でした。案の定、観客たちは一人消え、二人消えと、だんだん少なくなっていきました。

観客の数が半分くらいになったところで、やっと一曲目が終わり、彼は残った観客を確認するようかのようにグルリと見渡すと、無言のまま二曲目に入りました。

また歌い始めたのが期待外れだったのか、観客たちはまたパラパラと去っていきました。

ボクはここでハタと考えました。

いくら、立ち去るのが自由だからといって、せっかく歌っているのだから曲の途中で居なくなるのは失礼な話です。カラオケスナックだって、他のお客さんが歌っている間は、席を立たないというのが大人のルールというものです。

そんなことを考えていると、あっという間に周りの観客はいなくなり、ボクは一人取り残されてしまいました。

そこで二曲目が終わり、彼は上目遣いにボクをチラッと見ると、動ずることなく三曲目に入りました。

ボクはもう覚悟を決め、少し足幅を拡げてから腕組みをし、足の先で軽くリズムを取るような素振りを見せながら、彼が歌い終わるのを待つことにしました。

最終話:相棒

ついに一対一になって、ボクは彼の様子を観察してみました。

笑顔でしゃべっている時は、けっこう若く見えたのですが、真剣な表情で歌っている姿からすると、彼は50歳くらいのようでした。曲はどこか懐かしく、吉田拓郎の曲をいくつかくっつけてグチャグチャにしたような感じでした。おそらく彼が高校生の頃はフォークソングが全盛で、みんな陽水だ拓郎だとか言いながらギターを掻き鳴らしていたのでしょう。

その頃のアイドルといえば、もちろんキャンディーズで、彼の雰囲気からするとおそらくランちゃんファンでしょう。ミキちゃんファンのボクが言うのだから間違いありません。こればっかりは傾向で分かるモンなんですよ。なんたって我々はリアル「年下の男の子」ですから。

そんな彼ですから、ランちゃんが水谷豊と一緒になった時はショックだったに違いありません。自暴自棄になったかも知れません。しかし彼も年齢を重ね、今はランちゃんの幸せを心から望んでいるでしょう。水谷豊をテレビで見ながら、心の中で「よ、相棒!」と呼びかけているかも知れません。年を重ねるとはそんなことです。

そんなことを考えながら見ていると、彼のパフォーマンスは次第にヒートアップしていき、ついにギターを叩きながら叫び始めました。

周りの人たちは眉をひそめて足早に立ち去り、遠巻きにしてヒソヒソと秘密話を始めました。それほど彼は怪しい人に豹変してしまいました。

しかしボクには分かっていました。

おそらく、さっきまで笑顔で笑いを取っていた彼も、いま大騒ぎをしている彼も、本来の彼の姿ではありません。そんなことは当たり前です。大人ってそんなに簡単なものではありませんから。しかし、彼がランちゃんファンであることは間違いないでしょう。こればっかりは隠しようがありませんからね。我々の間では。

ボクは心の中で「よ、相棒!」とささやきながら、もちろんそんなことは表情には出さず、いつ終わるとも知れない彼の乱痴気騒ぎを見守っていたのでした。

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