湯上がり文庫は、「湯上がりの恥ずかしがり屋」に掲載された、愛と哀愁に満ちたショートストーリー集です。

58.さなかくん

第一話:水槽の掃除

昨日は天気もよかったし、久々に水槽の掃除でもしようと思い、汲み置きしていた水をベランダから持ってきて、水槽の水を半分くらい捨ててから、新しい水を入れたのですが、水が勢いよく入ってしまったため、下の汚れを舞き上げてしまい、魚が見えないくらいに濁ってしまいました。

意外に敷石の中は汚れているものだと驚きながらも、浄水器がついているので、すぐにきれいになるだろうと思い、テレビを見ながら汚れがおさまるのを待っていました。そのうちにウトウトと眠ってしまい、起きた時にはすっかり水は澄み切っていて、さっきまでの汚れがウソのように魚もイキイキと泳いでいました。

水は元通りになったのですが、水を入れた時の勢いで水草の位置も変わってしまっていて、ボクはしばらく水草のレイアウトをどうするか考えながらぼんやりと魚を見ていました。すると、ふと見たこともない魚がいることに気付きました。

その魚はとても小さくて、水草の間から顔を見せていました。

普通に考えれば、いま飼っている魚の子どもが生まれたのだと思うのが当然なのですが、その時はとてもそんなふうには思えませんでした。

その魚は、水槽にいるどの魚とも似ても似つかない姿をしていたのです。

しばらくその小さな魚を見ていたのですが、その魚はボクと目が合うと慌てて水草の中に逃げていってしまいました。

第二話:赤白のエビ

小さな魚が消えてからも、ボクはしばらく水槽を眺めていました。

うちの水槽はけっこう大きくて、顔を近づけていると水の中にいるような気がしてきて、ボクは水の中に入り込んだような気分で、ぼんやりと水槽を眺めていました。すると、水草の奥から赤と白の縞模様のエビが出てきました。

この赤白エビは一センチそこらなのですが、かなり高価で、ペットショップなどで値段を見たお客さんはだいたい、「ええ、こんなに小さいのに伊勢エビ並みの値段がするの」とかなんとか言いながら驚きます。それくらい高価です。

だからといって、このエビが絶滅危惧種かといえばそうではなく、特に繁殖が難しいわけでもなく、水槽の中でもけっこう増えます。

重要なのは数ではなくグレードで、重要視されるのは赤と白の発色とともに、背中の模様で、それによってどんどんグレードがアップしていき、高価になるのです。

うちの水槽にはけっこういいグレードの赤白エビが数匹いるはずなのですが、いつもどこかの隙間に入り込んでいるらしく、なかなか姿を見ることはなく、今日久し振りに見ることができました。

ボクはしみじみとその小さなエビを見ていたのですが、何かいつもと雰囲気が違うなと感じていました。

赤白エビはせわしなく前足を動かしていたのですが、ふとボクと目が合ったとたん、ごそごそと水草の中に消えていってしまいました。

第三話:お仕置き水槽

赤白エビが消えてからも、ボクはしばらく水槽を眺めていたのですが、もう小さな魚も赤白エビも出てきませんでした。

水槽では魚たちがのんびりと泳いでいて、まさに平和そのものでした。

まあ、考えてみればそれも当然のことで、水槽の中でイジメがあるとイジメた方の魚は即「お仕置き水槽」送りになる決まりがあるからです。

お仕置き水槽といっても水質や環境は大きな水槽と変わらないのですが、かなり小さめの水槽で、ここに入れられると、さすがの暴れん坊たちもすこぶる大人しくなって、エサをやろうとすると人懐っこく近寄ってきて、ガツガツするでもなくビクビクするでもなく、実に優雅に行動します。

そんな姿を見ていると、もう十分反省しているに違いないと思い、大きな水槽に復帰させてみるのですが、実はまったく反省していなくて、また大暴れをするという繰り返しで、お仕置き水槽は常連たちでいっぱいです。

彼らももう少しうまく生きていけば、のんびり暮せるのにと思いながら、お仕置き水槽で泳ぐ魚たちを眺めていると、ある不思議なことに気づきました。このお仕置き水槽はイジメっ子ばかりのはずなのに、実に平和そのものなのです。

第四話:華麗なる一族の万俵大介なみの野望

お仕置き水槽の魚たちは、お互いに干渉することなく優雅に泳いでいました。どう見ても大きな水槽にいた時よりも楽しそうでした。

もしかすると、これはテリトリーの問題なのかもしれません。大きな水槽だと自分の領域を守ろうとして他の魚を攻撃することはあっても、お仕置き水槽はあまりにも狭いので、テリトリーを主張する気にもなれず、なんとなく仲良くなってしまうのでしょう。

昔から言うように、狭いながらも楽しい我が家ということです。狭ければ否応なしに四六時中顔を突き合わせているので、よくも悪くも分かり合ってしまいます。狭いからこそ争いもイジメも起こらないのです。

とすると、大きな水槽にいる魚と小さな水槽の魚では環境に格差があるわけですから、是正してあげなくてはなりません。それが今の風潮です。

この場合の格差は大きな水槽よりも小さな水槽のほうが、人間関係、いや魚関係が良好そうなわけですから、大きな水槽の恵まれない魚たちに、小さな水槽並みの環境を提供する必要があります。それには、大きな水槽の魚を小さな水槽に移さなくてはなりません。

まさに小が大を飲み込む図式です。

そう思った時、水槽のガラスに映るボクの目がキラリと光りました。そして、その目の奥はメラメラと燃えていました。そう、今まさにボクは、華麗なる一族の万俵大介なみの野望を持ったのです。

最終話:華麗なる一族の万俵鉄平のような理想

思えば、最初に見かけた小さな魚も、超高価な赤白エビも、どこか雰囲気が違っていました。それは、きっと彼らが自分たちの生き方に満足できていないからでしょう。

確かにこの大きな水槽には争いもイジメもなく平和です。しかし、これから成長していく若い魚や、美しくなることを宿命付けられた赤白エビにとっては、退屈でしょうがない場所なのです。

おそらく小さな魚は、水槽の中にいるどれかの魚の子供なのでしょうが、彼(小さな魚)が、どの魚とも似ても似つかないのは、彼が人一倍向上心が強く、自己批判を繰り返しながら自分独自の生き方を模索しているからでしょう。

高価な赤白エビの戸惑いも深刻です。彼女(赤白エビ)の美しさの基準は背中の模様もさることながら、その発色が最も重要です。しかしこの刺激のない水槽では、彼女の美しさは埋もれるばかりで、彼女はその美貌を持て余しているのです。

ボクは決心しました。やはり彼らのためにも、改革は必要です。ボクは、大きな水槽の魚を小さな水槽に移そうと、網を握りしめました。

とその時、ふと視線を感じたのでそちらのほうを見てみると、小さな水槽の魚たちが不安そうにボクの行動をじっと見守っていることに気付きました。彼ら(暴れん坊の魚たち)は見たこともないような悲しそうな目をしていました。

それを見て、ボクは我に帰りました。考えてみれば、そりゃあそうです。いまでも小さな水槽はいっぱいなのに、ここに大きな水槽の魚を全部移してしまったら、もう泳げません。

ボクは軽はずみな行動をとったことを深く反省し、熱いハートでみんなに誓いました。

「ぜったい、みんな幸せにしてやるからな」

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