湯上がり文庫は、「湯上がりの恥ずかしがり屋」に掲載された、愛と哀愁に満ちたショートストーリー集です。

54.恥ずかしがり屋決定戦

第一話:日本一恥ずかしがり屋のアイドル

ボクの朝の日課といえば、パソコンの前に座って「検索エンジンよ、検索エンジンよ、検索エンジンさん、日本で一番の恥ずかしがり屋はだ~れ」と言いながら、「日本一の恥ずかしがり屋」と検索し、自分であることを確認してから満足するということなのですが、このところ異変が起こっています。

なんと「日本一恥ずかしがり屋のアイドル」として中澤優子さんが台頭してきているのです。

こ、これはかなり不利です。

なんたって世の男性諸君を前にして、ボクと彼女が並び、さあ、どちらが「日本一の恥ずかしがり屋」でしょう、と言ったところで勝負は見えています。どう考えたって彼女の圧勝に間違いありません。ボクだって貴重な一票を彼女に入れてしまいかねないほどなのですから…。

かくして、ボクの「日本一の恥ずかしがり屋」の座は風前のともし火なのであります。

ボクは心の整理をするために、例によって夜になるのを待ってネオン街に出かけました。

夜の街を悩みながら彷徨い歩くのはいつものことなのですが、この日はいつもと違っていました。何も考えることができず、頭の中はカラッポで、まさに抜け殻のようでした。ボクは、いつの間にか降り出した雨を避ける術さえも知らず、いつまでもいつまでも歩き続けたのでした。

第二話:心に空いた穴

抜け殻と化したボクは、霧のように細かい雨を全身で受けながら彷徨い歩きました。濡れた路面には、赤や青のネオンが反射して連なっていて、ボクはその地面に出来たネオンの行列を目で追いながら歩いていました。

いつしかネオンの行列も途切れ、顔をあげてみると、遠くにポツンと柔らかな光を反射している部分が見えました。近づいてみると、そこには真新しい料理屋が出来ていて、店の前においてある雪洞が暖かな光を放ち、地面に反射していました。入り口には大きな茄子紺ののれんがピンと張ってあり、両脇に塩がキリッと形よく盛られていました。良い店というものは、外観を見ただけで店内の雰囲気が伝わってくるものです。まさにそんな佇まいでした。

おそらくこの料理屋のママは、ノリがきいてパリッとした真っ白い割烹着を着ているに違いありません。年の頃なら60過ぎで、最も上品さがにじみ出る年頃です。店にはときどき末の娘さんも手伝いに来ていて、庶民的な笑顔で常連客の心を和ませていることでしょう。彼女は明るくノリもよく、オニャンコクラブの曲を流してコミカルなダンスを披露したりもします。つられた酔客が横でぎこちなく踊ったりして、まるで某航空会社のCMです。

板さんはもちろん角刈りです。そしてどこまでも無口です。もくもくと仕事をこなし、店中の人が踊り出したって、つられることもなく、ひたすら包丁を引いていることでしょう。もちろん自分のことを「自分はぁ」とか言うに決まってます。

ボクはその大きなのれんをくぐりました。

この店なら心に空いた穴をふさいでくれるに違いない、そう思わずにはいられなかったのです。

第三話:砂についた足跡

引き戸を開けると、そこは土間になっていて、一面に白い砂が敷き詰めてありました。足元にはいくつもの間接照明が連なっていて、それが店の奥へと続いていました。まさに想像を絶する高級感でした。ボクはしばしその異空間に見とれていたのですが、すぐにハタと困り果てました。

このまま歩き進むと、せっかくの白砂の上に足跡がついてしまいます。かといってこの上を歩いて行かないと奥に進めません。

戸惑っていると上の方から、「どうぞ、そのままお進みください」という機械的な声がしました。おそらく自動音声で、入り口を開けてからしばらくすると流れるようになっているのでしょう。客に戸惑う時間を与えるなんて、心憎いばかりの気配りです。

ボクは思い切って白砂の上に足を踏み出しました。

少し歩いたところで振り返ってみると、当然のことではありますが、自分の足跡が砂の上にペタペタとついていました。雨に濡れた道を歩いてきたので、白砂も濡れてしまい、それがいかにもあからさまで無粋に思えて仕方ありませんでした。

ボクはカバンに入れてあった新聞を取り出し、入り口のところまで戻ると、自分の足跡をその新聞で消しながら、後ろ向きになって奥に入っていきました。

土間はだんだん細くなっていって、奥までたどり着くとまた引き戸があり、恐る恐るそれを開けると、中には数人しか座れないような小さなカウンターがありました。カウンターの中には予想通り、ママらしき年配の女性と、末の娘らしき若い女性、そして一昔前のフォークシンガーのような格好をした男性がいて、三人並んで整然と立っていました。

第四話:恥ずかしがり屋の競演

どうして高級感漂う飲み屋のカウンターに、フォークシンガーの格好をした中年男性がいるのかが不思議でしたが、彼は胸の辺りまである長い髪にバンダナをし、大きなサングラスをかけていて、それだけでもフォークシンガーの雰囲気を醸し出しているというのに、ご丁寧にフォークギターまで持っていました。

奇妙な光景ではありますが、この程度のことで驚いていては無粋なので、ボクはまったく気にしない素振りで、カウンターの奥の隅に座りました。すると、すかさずそのフォークシンガーはポロンと一つギターを鳴らし、それに合わせて「いらっしゃいませ~♪」と言いながら、おしぼりを出してくれました。

これまたリアクションに困る展開ではありますが、この店の方針もあるでしょうから、ボクは渡されたおしぼりで手を拭きながら様子をうかがいました。

すると彼はまたポロンとギターを鳴らし、「ご注文はなんになさいますか~♪」と注文をとってきたので、ボクはあくまでも自然に「そうですねえ」とか言いながら、ビールと適当なおつまみをたのみました。

注文を取り終えたフォークシンガーは、スルスルッと奥の厨房に入っていき、カウンターの中には年配の女性と若い女性が残りました。

本来ならここで一息つくところなのですが、彼女たちもまたフォークシンガーに劣らぬ奇妙ないでたちで、ママらしき年配の女性は真っ白い顔に真っ赤な口紅、若い女性は真っ黒い顔に真っ白い口紅をしていました。まるで一世紀前の明治女と一昔前の渋谷ギャルが競演しているかのようでした。

三人とも話し出すきっかけがなく、押し黙ったまましばらく気まずい空気が流れていたのですが、真っ黒い顔をした渋谷ギャルがやっとのことで口を開きました。

「私も傘なんて差したことないわ」

彼女はボクが雨に濡れているのを見て、そんな話題を振ってきたのでしょう。彼女はさらに続けました。

「雨が降ったからって傘を差すなんて滑稽だわ。あからさまに心の中が透けてみえる。芸をしない曲芸師を見習うべきよ」

なかなか含みのある見解に、ボクは少しこの渋谷ギャルを見直しました。

彼女の言葉で少し場の空気がなごんだので、ボクは年配の女性が出してくれたビールビンを片手で持ち、カウンターの上に置いたままのグラスにビールを注ごうとしました。しかしビールはいっこうに出てこないので、不思議に思ってビンの口を見てみると、詮が開いていませんでした。

唖然としているボクを見て、年配の女性が控えめに打ち明けました。

「私って、ビールの詮の開け方も知らないの。あと、注ぎ方も、飲み方も、酔い方も、記憶のなくし方も、二日酔いも…」

さすがのボクも考え込んでしまいました。

最終話:真の恥ずかしがり屋への道

なんとか栓抜きを手に入れてビールにありつき、やがて出てきた料理をのんびりと食べてから、ボクはまた新聞で砂の上の足跡を消しながら後ろ向きに歩き、店を出ました。

店を出てから思い返してみると、なんとも感慨深いものがありました。

あのフォークシンガーはやはり板さんで、それも腕のいい職人でした。おそらく人前に出るのが苦手で、あんな格好をしていたのでしょう。角刈りで照れている板さんよりも、ずっとオーソドックスな恥ずかしがり屋だということです。

ママはあれからも、超が付くほどのカマトトぶりを発揮し続けたのですが、慣れてくるとその徹底振りが心地よく、まるでクラシック音楽を聞いているかのように安定した気持ちになりました。正統派の癒し系恥ずかしがり屋というところです。

そしてなによりも恥ずかしがり屋として将来性を感じさせたのは、顔を真っ黒に塗った渋谷ギャルでした。

彼女の言う「雨が降ったから傘を差すなんて滑稽だ」というのは言い得ています。つまり傘を差すという行為が、雨を避けるための手段として使われているため、その目的があからさまに透けて見え、それが欲望丸出しの大人の姿に重なり、彼女には滑稽に思えたのでしょう。だから「芸をしない曲芸師を見習え」と言ったのです。

この「芸をしない曲芸師」という言葉にも深い意味が込められています。

曲芸師が傘の上にボールを乗せて回転させる芸はよく見かけますが、芸をしていない時の曲芸師は、ただ単に傘を差しているだけです。そこには雨を避けようとか紫外線を遮断しようという目的はありません。曲芸師は、ただ単に傘を差しているだけなのです。こんな純粋な行為はありません。だから彼女は「芸をしない曲芸師」のような傘の差し方が理想だと言っているのです。目的のある行為が不純に思えてしかたない年頃なのかもしれまん。まさに乙女の恥じらいです。

ボクは雨の上がった空を見上げながら思いました。

世の中にはいろいろなタイプの恥ずかしがり屋がいるというのに、その中で「日本一の恥ずかしがり屋」にこだわるなんて小さなことです。もともとボクたちは、特別なオンリーワンなのです♪

ボクは何歩か歩いたところで振り返り、改めて店の看板を見上げました。看板には洒脱な文字で大きく屋号が書かれ、その横にはシロクマが二匹、恥ずかしそうに自由を謳歌していました。

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