湯上がり文庫は、「湯上がりの恥ずかしがり屋」に掲載された、愛と哀愁に満ちたショートストーリー集です。

52.イチョウ

第一話:銀杏を食べる恐竜

土曜日は熱っぽくてずっと寝た切りだったので、日曜日の朝はさすがに寝ているのも辛くなり、汗をかいて熱を下げようと思い、ラジオと深層水のボトルを持って風呂に入りました。

ぬるめのお湯につかって、時々深層水を飲みながらぼんやりとラジオを聞いていたのですが、しばらくすると9時の時報が鳴り、「子ども電話相談室」が始まりました。

ボクは深層水を一口飲み、海底深くにいる気分を味わいながら、「ほう、この番組は日曜日の9時からやっていたのか」と意味もなく大げさに感心してからラジオに聞き入りました。番組では「イチョウ」の話をしていました。

それによるとイチョウの木は昔からあって、それは恐竜がいた頃なので、もしかしたら恐竜もイチョウの実である銀杏を食べていたかもしれないと言うことでした。子どもたちの興味をひくような見事な言い回しでした。

しかし、残念ながらボクには恐竜が銀杏を食べている姿を想像しても何も感じられませんでした。どんなに恐竜と銀杏を対比しながら想像しても、太古のロマンを感じることも、アンバランスな姿に笑いが止まらなくなることもありませんでした。

以前、ロバがいちじくを食べている姿を想像して笑いが止まらなくなったという人がいたので、彼女なら笑えるかもしれませんが、ボクにはどうしても笑うことができず、なんとか笑いのポイントを探ろうと、恐竜が大きな手で器用に銀杏の皮を剥く姿を思い浮かべたのですが、恐竜をあまりにも擬人化しすぎたせいか、かえって笑えなくなりました。

それでもボクは必死になって恐竜と銀杏の姿を思い浮かべました。

第二話:二股に分かれる葉脈

しばらく恐竜が銀杏を食べている姿を思い描いていたのですが、どうコミカルに想像してもまったく笑えず、むしろ自然な光景のように思えました。

まあ、考えてみれば当たり前のことで、恐竜が銀杏を食べて遠くに移動して排泄すればイチョウの種もそこに落ち、そににまた新しいイチョウの木が出来るという、大自然の摂理そのままの関係なのですから、笑うポイントがあるはずもありません。

もっとも「子ども電話相談室」も、恐竜が銀杏を食べているところを想像して笑えとは言っていません。むしろ恐竜と共存した銀杏が今もなお生き続けているという、太古のロマンを感じてほしいというような口ぶりでした。

ボクはちょっと挫折しながら、なおも「子ども電話相談室」を聞いていました。

すると、今度はイチョウの葉のことが話題になり、イチョウの葉は普通の葉と違って、葉脈が枝分かれしているのではなく、二股になって伸びているということでした。

ボクはイチョウの葉を思い浮かべました。

確かにイチョウの葉は、その形からして普通の葉とは違って扇形なので、太い葉脈が一本伸びてそれから細い葉脈が枝分かれしていては効率がいいとはいえません。おそらく扇子のようになっているのでしょう。

しかし、二股に分かれて伸びているという説明ではイチョウの葉脈が想像できず、ボクはまたまた悩みながらイチョウの葉を細かく思い浮かべました。

第三話:いちじくを食べるロバ再び

しばらくイチョウの葉脈を思い描いていたのですが、さっぱり思い出せませんでした。いや、思い出せないと言うより、思い出す気力が湧いてこないと言ったほうがいいでしょう。頭の片隅には、こんなこと思い出してもしょうがない、という冷めた考えがずっとあって、それがだんだん全体を支配していったのです。

そりゃあそうです。いくらイチョウの葉脈を思い出したところで、なにひとつ笑えないし、それから展開していくネタも持ち合わせていません。だいいち正しい葉脈の形を知らないのだし、そんなに知りたいことでもありません。

すでに「子ども電話相談室」では別の話題に移っていて、イチョウのことなんてすっかり何処かに行っていました。

ボクは深層水を一口飲んで気を鎮め、そして考えました。

どうしてこんなにイチョウにこだわっているのでしょうか。もう出口が見えないくらいにグダグダなのに、まだどこかでイショウにこだわっている自分がいました。

これは相当深刻な潜在意識がそうさせているのかも知れない、そう思って思い返してみると、ふとあることに気付きました。

これはもしかしたら、ロバがいちじくを食べているのを想像して笑いが止まらなくなった女性を意識しているのかもしれません。ボクはロバがいちじくを食べているのを想像しても素直に笑えなかったし、ロバといちじくの組み合わせにも新鮮なものを感じませんでした。

しかし得てして世のヒット作というものはそんなものです。どこがいいのか分からないくらいのもののほうが、多くの人の心に伝染し、大ブームを生むのです。

ボクはまた熟考に入りました。

第四話:時を遡れというのか、神よ…

長風呂のせいか、熱のせいか、頭がぼんやりとしてきました。

それでも、ロバといちじくに代わる適当な組み合わせを考えていたのですが、いっこうに思いつかず、グズグズになったままラジオを聴いていました。

しかし考えれば無理のないことです。ボクが探しているのは、「どこがいいのか分からないくらいの組み合わせ」なのですから、いくら最適の組み合わせを考えついたところで、それのどこがいいのか分からないはずだから、自分自身では判断の下しようがありません。

これは一人では解決できない問題です。

これを解決するには、思いついた組み合わせを誰か他の人に聞いてもらって判断してもらうしかありません。そしてその判断が出来るのは、ロバがいちじくを食べているのを想像して笑いが止まらなくなった彼女しかいないのです。そう、彼女に会いさえすれば、すべてが解決します。ボクの悩みも、熱も、きっと解決するでしょう。

ボクは急いで風呂から上がり、出かける仕度をしました。しかし行くあてがあったわけではありません。いや、あてなどあるはずがないのです。もう、どこに行ったところで彼女に会うことは出来ません。それは最初から分かっていたことです。もう、どこに行ったって…。

ボクは洋服を着る手を止めて、そっとつぶやきました。

「時を遡れというのか、神よ…」

最終話:太古のロマンス

足を一歩踏み出すと、そこはイチョウの葉で覆われていました。顔を上げると、ここはイチョウの森のようで、地面を覆いつくしたイショウの葉で辺りは黄色一色になっていました。

ボクは落ちていた葉を一枚拾い、葉脈を見てみました。やはりその葉脈は放射線状になっていて、ほぼ想像していた通りでした。

銀杏もたくさん落ちていて、それを数頭の恐竜が争うように食べていました。恐竜が銀杏を食べる姿もだいたい想像していた通りで、いかにも持ちにくそうに前足で銀杏をつかんでは口に放り込んでいました。

しばらく恐竜たちの様子を見ていたのですが、一頭の恐竜が銀杏を口に放り込もうとして失敗したのが目に入りました。銀杏は地面に落ちて転がっていき、その恐竜は「あらっ」という顔をして転がる銀杏を目で追ったのですが、すぐにあきらめて別の銀杏を口に放り込みました。

ボクはそれを見てちょっと笑ってしまいました。そして重大なことに気づいたのです。

今までボクは恐竜が銀杏を食べる姿ばかりを想像していて笑えなかったのですが、こうして恐竜が銀杏を落とす姿さえ想像できていれば、笑えたはずです。まさに一歩踏み込んだ想像が足りなかったのです。このハプニングこそが重要な要素なのは、創作の現場では常識です。

ボクが反省して自己批判していると、背後で笑い声がしました。それは聞き覚えのある笑い声でした。それに恐竜と銀杏を見てこんなに笑う人なんて、あの彼女くらいしかいないはずです。ボクは期待を込めて振り向きました。

心躍らせて振り向いてみると、そこには石斧を振り回して笑い転げているネアンデルタール人の女性がいました。よく見ると目元があの彼女に似ているような気もしました。

ボクはすぐにこの状況を理解しました。おそらく悩めるボクのために、神が時を遡って彼女に合わせてくれたのでしょう。それに彼女がネアンデルタール人だからと言って不自然なことは何もありません。周りには恐竜がウヨウヨいるのだから…。

ボクは天を仰ぎ、神に感謝しました。そして、付け加えました。

「おお、神よ、ちょっとだけ時を遡りすぎたようだ…」

↑ PAGE TOP