湯上がり文庫は、「湯上がりの恥ずかしがり屋」に掲載された、愛と哀愁に満ちたショートストーリー集です。

47.自由

第一話:刺激的なジュースを求めて

最近は健康のため、飲み物にも気をつかっているのですが、昨日の夜はどうしても刺激的なジュースを飲みたくて、近くの自動販売機まで出かけました。

出かけるといってもエレベーターを降りてすぐのところに自動販売機があるので、そこで買おうと思っていたのですが、表に出ると道の反対側にも自動販売機があるのを発見して、そっちのほうも見てみることにしました。

向こう側に渡ってみると、自動販売機はその先にも、またその先にもあって、ボクはそれを追いかけるように自動販売機を見てまわりました。

ジュースの自動販売機というのはけっこうあるもので、新しい自動販売機の発見の連鎖は途切れることがなく、ボクはすぐに別の自動販売機を発見して、そこに行くということを繰り返していました。

そんなことをしているうちに「ボクってなんて自由なんだ」と思うようになりました。こんな人気のない商店街を、日曜の深夜に、ジュースを一つ買うために自動販売機のハシゴをしているのですから、どう考えてもかなり自由です。

そのうち、ボクはこの自由を手放してはいけないと思うようになりました。そして心の中で叫びました。

「夜中に自動販売機のハシゴをしても、刺激的なジュースを買っても飲んでも、自由だ~! フリーダム♪ フリーダム♪ 」

第二話:自由ってヤツ

優柔不断というか、なんというか、なかなかどのジュースにするか決められませんでした。ジュースを選びながらふと横を見ると、闇の中に別の自動販売機の明かりが見えて、それがちょうどいい具合の距離なので、またそこに行くという繰り返しで、もう泥沼状態でした。

そんなことが小一時間続いたでしょうか。小一時間と言ってもこれは片道ですから、これからすぐに帰ったとしても、家にたどり着くまでにはあと倍は時間がかかることになります。日曜日の夜だというのに、これは大変なことです。だからといって、来た道を帰るのも新鮮味がないし、それは自由人のすることではありません。

ボクはクタクタになりながらも前に向かって歩き、そして考えました。

「こんな遠出になるのなら、膝にサポーターを巻いてくればよかった…。つい最近痛めたばっかりだし…。それよりも、あのヘトヘトになった時に飲むクスリを持ってくればよかった…。あれさえあれば疲れ知らずだし…」

しかし、すぐに思い直しました。

そう、自由ってヤツに保険や保障は禁物なのです。

ボクは弱気になった自分を責め、心の中で叫びました。

「膝が壊れようが、クスリがなくてヘトヘトになろうが、自由だ~! フリーダム♪ フリーダム♪ 」

第三話:予想外自動販売機

いくら自由だからと言って、いつまでもブラブラしているわけにはいきません。家を出る時にはすぐに戻るつもりだったので、半袖のTシャツを着てきました。ボクとしては涼しくてちょうどいいのですが、知り合いに出会えばそうは思わないでしょう。

きっとその知り合いは「そんな格好で寒くないんですか」と聞いてくるに違いありません。だいたいみんなそうですから。

だけど冷静に考えてみれば、秋に半袖を着ていることよりも、こんな夜中にブラブラしていることのほうがずっと問題のはずです。なのに、知り合いというのはそこのところには目をつぶるものです。お互い様ですし。

まあ、それはそれとして、とにかく急がなくてはなりません。こんなことでは夜が明けてしまいます。

ボクは次の自動販売機では絶対に買おうと決心しました。どうせジュースなんてそんなに差があるものでもないし、もとはと言えば、家の前の自動販売機で買うつもりだったのですから。

ボクはそう自分に言い聞かせながら、次の自動販売機の前に立ちました。しかし、絶対に変えることはないだろうと心に誓った岩のような決意が一瞬にして揺らいだのです。予想外のことが起きました。その自動販売機はジュースではなく、アイスクリームのものだったのです。

ボクは予想外自動販売機を見ながら、精一杯気持ちを落ち着かせて心の中で叫びました。

「予想外割だろうと、予想外自動販売機だろうと、自由だ~! フリーダム♪ フリーダム♪ 」

第四話:アイスを食べながら颯爽と歩く

予想外のアイスの自動販売機に少し戸惑ったのですが、この自動販売機でアイスを買うことにしました。初心貫徹は大事なことですが、小さなハプニングを楽しむのも自由人としての嗜みのひとつです。ボクは躊躇せず、チョコのいっぱい乗ったアイスクリームを選び、さっそくそれを食べながら歩き出しました。

夜も更けてきて、周りはシンとして静まり返っていました。気温もだいぶ下がってきたようで、普通の人ならコートのエリでも立てたくなるような冷え込みでした。

そんな中、ボクは半袖でアイスを食べながら颯爽と歩きました。そして思いました。

これで知り合いに会っても大丈夫です。ボクが半袖で歩いているのを見て、いつも「寒くない?」と聞く人でも、こんな夜中に半袖でアイスを食べながら歩いているとなると、単純に「寒くない?」と聞くわけにもいきません。寒くないからアイスを食べているわけですから、どうしても暑いか寒いかを聞きたいのなら、「これでも暑いの?」と聞くしかないのです。

そう聞かれれば、ボクは静かにうなずき、「そうだ」と答えます。熱い男とはそんなものです。

ボクは真の自由を手に入れたような気がしました。今まで悩まされ続けてきた「気候ネタ」から解放されたのです。

ボクはしみじみと喜びをかみ締めながら、心の中で叫びました。

「暑さ寒さも彼岸までという言葉とは、無縁だ~! フリーダム♪ フリーダム♪ 」

最終話:自由ってなんて悲しいんだ

アイスを食べながらだんだん不安になってきました。このアイスを食べ終われば、ボクは単なる半袖をきた寒そうな人に戻ってしまいます。自由を維持するにはどうしてもアイスを食べている必要があるのです。

ボクはアイスが残り少なくなったところで、引き返しました。このまま歩いていてもアイスの自動販売機はそうそうあるもんじゃないし、後戻りはしないという信念を曲げてでも、大量のアイスを手に入れたかったのです。

アイスの自動販売機のところまで戻ると、家に着くまで食べ続けられるくらいのアイスを買い占め、それを一本ずつズボンに差し込みました。遠くから見たら腹にダイナマイトを巻いているように見えるかもしれません。

腹にズラリと並んだアイスを見てボクは思いました。

これで誰もボクを見て寒そうだとは思わないでしょう。いや、寒いどころか燃える男に見えるでしょう。いやいや、それを通り越して危険な男です。それにこれだけあれば、家までアイスを食べ続けることが出来ます。2つずつ食べたって大丈夫でしょう。

ボクはアイスを2本取り出し、それを両手に持って交互に食べながら歩きました。もう、世界一の自由人です。

秋の遅い朝がしらじらと明ける中、ボクは自由ってヤツを満喫しながら歩きました。しかし続けざまにアイスを食べているうちに、だんだん心の中に隙間が出来ているのも感じていました。そしてそれがポッカリとした穴になった時、そっとつぶやいたのです。

「ああ、自由ってなんて悲しいんだ、誰かボクを止めてくれ~ フリーダム… フリーダム… 」

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